小説

老練ラットは胡坐をかく

11.目覚めた暴力
 水没により動かなくなった飛行機の傍。  催眠ガスによって眠りに陥ったブロリーは、覚醒の間近にいた。 「う……」  眉間に深くしわを刻み、脳裏で繰り広げられる悪夢に対抗するかのように全身の筋肉が張り詰めている。  銃声。  怒鳴り散らす男。  真っ赤に染まる白い襟元。  静かな声。  夢として何度も繰り返されたその光景は擦り切れて、今ではもうどのシーンが真実か誇張された夢なのか、判然としない。  それでも、その悪夢は実際に遭った過去だ。  無力感を、理不尽さを、絶望を。  全身の細胞が沸騰するような怒りを、初めて覚えたあの日。  閉じられていたブロリーの目がカッと見開き、黄金色の激しい閃光が迸った。 「ウヲォオオオオオ!!!」  夢を、当時の慟哭を再現するように、ブロリーは怒髪天を衝いた。  飛行機がブロリーから噴き出す気に押し潰されるようにひしゃげ、紙くずのように吹っ飛ぶ。  大地がヒビ割れ陥没し、大木が気の奔流に巻き込まれて枝葉をさざめかせた。 「消えろ……! 煩わしいものは全て消えろぉ!!」  荒れ狂う気を一切抑えず、ブロリーは憤怒の形相で空へ飛び立った。  視界に映るもの全てが憎しみの対象であるかのように、両手から圧縮した気弾を無差別に放つ。  離れた場所にある紫の花々が一斉に反応し、巨大なエネルギーの塊であるブロリーへと捕食行動を開始した。  心地良い風に撫でられながら飛翔する上空は快適で、見下ろす地上は平穏そのもの。  ブロリーが飛び去った方向へと追いかけたパラガスは、息子が通っただろう場所に破壊の痕跡がないことに安堵していた。 「あれだけ釘を刺しておけば、さすがのブロリーも自重できるようだな」  ブロリーは少しでも感情が高ぶり苛立つと、身近なものを破壊して激情を発散してしまう。  少年ながらに父であるパラガスに追いつきそうなほどの背丈にまで成長した息子は、その筋力もサイヤ人の成人男性に並んでいた。  サイヤ人は15歳を迎えると、一気に全盛期の肉体へ成長する特性がある。それを考慮すると、ブロリーは更に大きく成長するということだ。  今でさえパラガスが力尽くで抑えることは難しく、恐怖を感じ始めているというのに。  しかし幸いにも、平素のブロリーはまだパラガスの言葉に耳を傾けてくれている。傾けるだけで、結局我を通すことも多いのだが。  出来るだけブロリーを刺激せず、平穏に過ごせたら。そうすれば、ブロリーもむやみやたらに暴れ回ることもない。  そう思ってはいるのだが。  突如、大きな気が発生し噴き上がった。   「なんだ!?」  パラガスが向かっている方角から、金色の光が噴泉のように立ち上り、荒れ狂う嵐を起こしている。  遠く離れているはずのパラガスにまで風が届き、マントがゆるく靡いた。 「あれは……まさかブロリーか!?」  伝説の超サイヤ人。  あの身震いするほどの凄まじい気を感じる。  ブロリーの機嫌を損ねる何かがあったのか。 「……やはり、ブロリーを抑えるには科学者に作らせたアレを使うしかないか」  平穏を求めるなど、甘かった。  冷や汗を浮かべながら、パラガスは拳を握りしめた。  ぺっぺぺぺっぺ~~、べげっ!  宇宙船から流れていた軽快な笛の音は、突然の強風に煽られて異音を響かせた。  宇宙船から突き出ていたスピーカー部分がグラグラと揺れ動き、耳障りなノイズを吐き出している。 「うぉおお!?」 「風!! つよ!!」  フリーザ軍との通信が終わったコインとトスの兄弟は、ガルハッタとの約束通りに宇宙船で迎えに戻ろうとしていた。  もう少しで到着する、という時に、兄弟の宇宙船は激しい気流に襲われたのだ。 「なんだこれ! 嵐か!?」 「兄ちゃんやばいよ! 壊れちゃう!」 「そ、そうだな! 離れるぞ!」  強風により平行を保てず右へ左へと傾く宇宙船。その操縦席に座っていた兄弟は、むりやり操縦桿を操作しその場から離脱した。  銃弾の雨により砂埃が収まらない地にて、武装兵は決断に迫られていた。 「あれだけの銃弾を浴びてもなお全くの無傷……これでは、こちら側が消耗するだけだ……!」 「諦めるな! 弾を使い切ってから嘆け!」 「しかし!」  植物に相対していた武装兵たちの間で、戦闘を継続するべきか、消耗が少ないうちに引くべきか、決断するべきだという空気が漂い始めていた。  巨大な植物に対して攻撃を試みるのは初めてではない。何度も出撃し、有効手段を模索しながら、なんとか自分たちの生活空間範囲を守っている、という状況だった。  指示を出す最高責任者に対して、従う者たちの中で不安や恐怖が膨らみ始めていた時。  空から、緑色の発光体が降ってくるのが見えた。 「あ――」  言葉を発することすら出来なかった。  ――ドォオン!! 「うわぁあ!!」 「ぎゃあぁああ!!」  降り注ぐ緑色の光は大爆発を起こし、大地を抉り取った。  巨大花も人間も設置されている砲台も、全てまとめて緑の光によって吹き飛ばされる。 「逃げ――」  頭上の眩しさに目を瞑った瞬間、爆音と共に血飛沫と砂埃が巻き起こった。 「い、いったいな――」  絶望する暇すらない。  言葉を最後まで紡ぐこともできず、光に呑み込まれた。 「あぁあああァ!!!」  緑色の光を纏ったブロリーから、無数の気弾が噴き出される。 「消えろ消えろ消えろ消えろぉお!!!」  痛む頭を抱えるかのように髪を掻き乱し、鬼のような形相から絶叫が途切れることなく吐き出される。  大地が抉れ、割れて、そこに植物が呑まれていく。  炎に巻かれる花びら、燃え尽きる葉。  爆風で舞い上がり続ける砂埃。 「フゥーッ! フゥーッ!」  地上はヒビ割れた大地に様変わりし、焼け焦げた植物が残骸として残されていた。  ブロリーから溢れ出していた気弾が鳴りを潜め、一時の静寂が訪れた。  風を切る音。  反射的に、ブロリーはその場から飛び退いた。  バリンッ!  一閃。  ブロリーが纏っていたバリアが砕け散った。  目を見張る。  そこにいたのは、腕に迸る気を纏わせた尻尾のある子供。  ブロリーの額に、ビキリと青筋が浮いた。  言葉を交わすこともなく、始まった。 「うぉおおおお!!」  一瞬で間合いを詰め、ブロリーは大きく振りかぶった。  瞬間、胸元を光が走る。  爪痕が肉を裂き、血が弾けた。 「チィ!」  しかしブロリーの拳は鈍らない。  ガルハッタは顔面に衝撃を受け、吹っ飛ばされた。  纏っていた白い爪が、ガルハッタの手から掻き消える。  ガルハッタの意識は朧気だった。  回転しながら飛ばされる。  歪む視界にブロリーがぼんやりと映るが、それをブロリーと認識することはできなかった。 (……なんで戦ってんだ、俺……)  一瞬、気を高めて勢いを殺した。  空中で踏み止まる。鼻血が流れた。 (間接がビリビリして痛ぇし、筋肉も吊りそうだ)  ブロリーが眼前に迫る。  ――瞬間移動。  ガルハッタはブロリーの背後、間合いの外へ出た。 「……また、それか……!」  ブロリーから怨嗟の声が響く。 「ふざけるなァッ!!」  ブロリーから緑色の閃光が迸った。  ――力の圧縮。  瞬間、ブロリーの手元に光の粒が生まれた。  投げつけられた光は圧縮から解放され――  光は、白い球体に包まれた。  即座に潰され、弾けることなく消失する。 「――?!」  ブロリーは目を見開いた。  ――あれを、知っている。  あいつとこの子供が、また重なる。 「……なんなんだ、お前は……!」  ギリッと奥歯が軋んだ。瞼が痙攣する。  悪夢の続き――そんな言葉がブロリーの脳裏に浮かんだ。  白衣の男は小さなリモコンを片手に双眼鏡を覗いていた。 「うん? 動きが止まってしまったな。操作方法に慣れてきた所だったんだが」  男は顔をしかめた。だが、寄せられた眉根はすぐに緩む。 「しかし、さすがサイヤ人だ。まさか光る武器を生み出せるとは。緑色の光が消えた時に金髪が驚いていたから、僕のサイヤ人が何かやったんだろうな。リモコンを使わなくても自主的に迎撃するとは、僕がご主人様だと学習し始めたのか? ふふふ、思ったより賢い個体のようだ」  男は上機嫌で双眼鏡に映るガルハッタを眺め、ほくそ笑んだ。 「とりあえずあの金髪は殺しておこう。あいつがいたら僕の花が全滅してしまいそうだ。まあ、僕の花はそう簡単に根絶やしにできないが。人間を消したのは褒めてやるけどさ」  双眼鏡から視線を落とし、男はリモコンを操作した。双眼鏡を再び覗けば、リモコンの指示通りにガルハッタの肉体が動いている。  その表情が苦悶に歪められているのを確認し、男は愉悦の笑みを浮かべた。  ガルハッタの両手に白い爪が生まれた。  巨大なエネルギーを押し固めた高密度な爪。  大量のスピリットが強制的に引きずり出される感覚。  貧血のように視界が白く飛ぶ。  止まっていた鼻血が再び流れ出す。 (やばい死ぬ……)  耳鳴りがする。  心臓が騒がしい。  焦点が定まらない。  記憶が混濁する。  限界が、近い。 (もう、殺すか。あれ)  ふと、そう思った。  サイヤ人の本能に喰われていく。 「ウォオオオ!!」  突進するブロリーの両手が緑色に光った。気が収束する。  ブロリーが気弾を放つよりも早く、白い爪が剥がれて空中に散らばった。  十の爪が、空を飛ぶ。 「!?」  白い刃が飛び交い、空気を切り裂いた。  腕を、胴体を、首を。  躱す、弾く、爆撃する。  爆風に煽られてもかまいたちは止まらない。 「しつこい!!」  腕を振り抜き、緑の閃光を放つ。  十、二十の気弾が全て、白い刃に衝突した。  爆風が広がり、煙幕のように包み隠す。  生気のない目で佇んでいたガルハッタの前に。  ボッ! 腕が煙を貫いた。  手がガルハッタの首を鷲づかんだ。  ギリギリと締め付け、首筋の血管が浮き出る。 「消えろ……!! オレの前に現れるな!」  ぶつけられる感情に、ガルハッタは覚えがあった。 「……ぶ、ろり……か」 「……!?」  ガルハッタの口角がかすかに上がる。  ブロリーの手が、わずかに緩んだ。 「……きげ、ん……わ……りぃ……な…………アレ、みるか……」  時が、止まった。  すぐ傍に、白く小さい生き物がポンと生まれた。  ブロリーから、力が抜け落ちる。  驚愕に見開いた目が揺れる。  つり上がっていた眉が、ゆっくりと下がる。 「…………お前は」 「……うし、ろ……」 「……?」 「ブロリー!! それ以上は止めろ!」  遠くから投げ掛けられるパラガスの制止。  それに意識が向いた。  ブロリーの視線がガルハッタから離れて。  白い刃が、ブロリーを貫いた。

- 11 -

次へ
2026.04.28