小説

老練ラットは胡坐をかく〔5〕

(サイヤ人なら戦闘力の底上げのために仲間に引き入れる手もあるが、飛ばし子ならそれにも期待できん。食い扶持が増えるだけの荷物なら必要ない。……ブロリーが関心を持って殺さずに置く存在など、それだけで切り捨てるには十分すぎる) (とか思ってんだろうなあ)  自分が知っているパラガスならそう結論付けるだろうな、とガルハッタは彼の心中を読み当てるように独白した。  パラガスが脳内で弾く損得勘定。  ブロリーが内包する感情の複雑さ。  ――彼らと同行するのは、不安が勝ちすぎる。 (情に流されるほど俺はもう若くもないし、優しくもないんでね)  答えを出し終えたガルハッタは、背中を向けたままのパラガスへ視線を向けた。  獣を捌く様子を静かに見つめた後、無言のままその場から姿を消した。 「……行ったか」  音も無く気配が消えたことに気付いたパラガスが振り返ると、そこにいた子供はいなくなっていた。  気配が遠ざかるのではなくいきなり消えたことに少し訝しむも、立ち去ったことに安堵していた。 「まさかブロリーがガルハッタを覚えていたとは。……いや、覚えていたこともだが、似た気配を察知しただけで、あそこまでの行動を見せるとは。そこまでガルハッタの存在はブロリーに刻み込まれていたか……」  パラガスの脳裏には、かつての記憶が思い起こされていた。乳飲み子ほどの幼いブロリーが、ガルハッタに抱かれて食事をとる姿だ。 『おっと。乳よりも肉がいいのか? ん? なんだ、もう歯が生えてきてるじゃないか。サイヤ人は成長が早えなぁ。待て待て、肉を解してやるから、ほら』  育成カプセルに子育てを任せてきたサイヤ人達はみな、赤子など放っておいても勝手に育つものだ、という認識だった。  かくいうパラガスも同じように考えていて。育成カプセルが使えない現状、赤子が何を食べるかも、何に気を付けて育てれば良いのかも、何一つわからなかった。  ブロリーを抱えて途方に暮れていたパラガスがガルハッタに出会えたのは、幸運だったのだろう。  パラガスにとってのガルハッタは、安堵と苛立ちの両方を感じさせる存在だった。  知識もあり、経験もあり、面倒見もよく、頼りになる。  それらを土台にした穏やかさと安定感に安心する一方、そんなガルハッタに懐くブロリーを見て苛立ちと恐怖を覚えていた。もちろん感謝の念もあったが、父親は自分であるのに、という嫉妬もあったのだろう。  そして、瞬間移動や分裂といった技を使えば、簡単にパラガス達を宇宙空間に摘まみ出すこともできる。命を握られている。そんな相手に対して、全幅の信頼を寄せることはできなかった。  もっとも、そんな素振りを見せたことは一度たりともなかったが。 (……あの子供と再び遭遇する前に、ブロリーを連れてこの星を出立しなければ)  関心を寄せているあの子供の言葉なら、ブロリーも耳を貸すかもしれない。暴走しやすいブロリーのあの気性を諌めてくれる可能性もあるが、その逆もある。  以前なら、あの子供を取り込み実質的なブロリーのコントロールに踏み切ったかもしれないが。 (ブロリーを抑える手段はもう手に入れた。賭けに出る必要はない)  わざわざ不安材料を抱え込む理由はない。  それに―― (この星は危険だ。食料は豊富だが、長居はできない)  この星に降りる予定はなかった。ブロリーが騒いだから急遽やってきただけだ。  積み上がった獣の肉を持てるだけ持って、宇宙船の食料室へ向かう。鮮度が下がる前に片付けなければ、と。 「……ブロリーが噂の花に近付かなければ良いのだが……」  この星、惑星コスラが危険だと言われている原因を思い浮かべながら、パラガスは息子が問題なく帰還することを願った。  瞬間移動でパラガスから離れたガルハッタは、川辺を見つけて降り立っていた。  底まで見える透き通った水を飲み、ついでに体を洗い流す。培養液のぬめりを丁寧に落とし、口の中もしつこいほどゆすいだが、喉にこびりつく違和感は思うほど取れなかった。 「あ~~~~~っげほ。声は出せるようになったが、長く続かねぇな……」  息を長く吐いた途端、肺の奥がきゅっと縮む。  大きく息を吸い込もうとしても、胸が思い切りは膨らまない。 「まあいい。大声を出さず、走らなきゃいい。急ぎたきゃ、空を飛べば済む話だ」  川から上がり、濡れた髪の毛をぎゅっと絞る。  ヤードラット人は体毛とは無縁だったので、妙な感覚だった。大きく動くと髪が視界を遮って邪魔にもなるが、風でバサバサたなびくのは面白いし、冷気からの保護になるのもいい。 (パラガスが言ってたな。雑に扱うと無くなるって。どう“無くなる”のかは知らんが、大事にしとくか)  体毛ついでに、と腰の尻尾にも目を落とす。長く太い、猿に似た尾。  意識を向けると、指先みたいに滑らかに動く。パラガスの真似をして腰に巻き付けることもできた。  試しに強く握ってみると、途端に尾てい骨から背筋にかけてぞわりとした感覚が襲ってきた。足の力が抜けてへにゃりとへたり込む。 「……なるほどなぁ。パラガスが尻尾を腰に巻いてるのはこういうことか」  サイヤ人の尻尾がむき出しの弱点なのだと身を持って理解したガルハッタは、同時にサイヤ人の大猿化についても思いだした。 (尻尾のデメリットがでかい。……切断するか?)  昔ブロリーが大猿になって暴れたことがあり、パラガスと二人がかりでなんとか鎮めたことがある。大猿になると我を忘れて暴れてしまうので、ガルハッタにとっては弱点以上に危険な要素だと認識していた。  そして、サイヤ人は尻尾が無くても問題なく生活できる、というのもブロリーが自らで体現してくれた。 (大猿になるのは御免だなぁ。尻尾があるとサイヤ人と気付かれる確率も高くなっちまうし。だからって自分で切断するのも抵抗あるな……。月を見ねぇようにするか……)  懸念はあるものの保留、ということにして。  ガルハッタは周囲の気の探知を始めた。 (ブロリーの気配はねぇな。……もう少し集中して、探知範囲を広げてみるか?)  周囲が安全であるならば、と。探知に集中して、範囲をいつも以上に広げることにした。  引っ掛かるのは、近くにいる原住民達と極微小の動植物。パラガス以外の大きな力は感じない。 「いない……。星の裏側まで行ったか? 探知範囲が狭いと何もできねぇな……何億光年も探れてた昔が懐かしくて涙出るわ」  ガルハッタは地面に肘をついて寝転がった。ぼりぼりと腹を掻く。 (今後は一人で過ごすとして、この星に居着くことはできねぇな)  科学者が捕まり、自分も処分されかけたのだ。この星でぬくぬくと暮らすことはできないだろう。  堅実な思考とは裏腹に、尻尾はゆらゆらと楽しげに揺れていた。 (スピリットを鍛えて、早々にこの星から出て行けばいい)  空を見上げる。紫がかった青空の更に頭上に瞬く星々。  宇宙は広い。常人には過ごしにくい無人の星などもある。そこを拠点にすれば、スピリットの修行にのみ専念できる。食料などは瞬間移動で他の星から調達すればいい。  しかし。 (…………あのブロリーを見なかったことには、できんよなぁ……)  沈痛な気持ちと共に、視線は地面へと落ちた。  まばらに生えた雑草は青々しく、少しだけ気分は持ち上がった。  やはり気になってしまう。  数年ぶりに再会したブロリーは未知の姿をしており、黄金色に染まったエネルギーは驚くほどに凶暴な力を放っていた。 (あそこまでの力だと、ブロリーを抑えられる奴がこの宇宙にいるのかどうか……)  体を起こしたガルハッタは、自らの手のひらを見た。キュン、と小さなエネルギーが収束する。  瞬きをするようにごく自然に、エネルギーが集まる。  可能性があるとするなら。唯一思い付いたのは、ブロリーのクローンとして誕生した“俺”の潜在能力だ。 (俺にもブロリー同等の力が眠っているなら……もしもの時に抑制役として出張るのも、責務ってやつなのかもしれんな……)  あの黄金色のエネルギーと並び立つパワーを目指さなければいけないが。  ぎゅっと拳を握ると、掌のエネルギーは押し潰されるようにボフンッと小さく爆発した。  口の端が上がるのを感じる。 (…これがサイヤ人の血か)  常日頃から心に余裕を持ち、冷静さを保つよう心掛けていたが。波紋のない水面下、光すら届かない深淵から、ふつふつと湧き上がる何かがある。 「……少しばかり、楽しくなってきちまったな」  穏やかな目元が愉しげに細められた。  静寂を感じさせる漆黒の瞳の奥、獣の姿をした本能が動き始めたようだった。  ぺぺ……ぺ……ぺ~~~ 「あん?」  微かに届いた音に、ガルハッタは顔を上げた。  ぺ~~……ペぺっぺ~~~ 「……笛か? なんだ?」  立ち上がり耳を澄ませると、かなり遠くから途切れ途切れに聞こえてくるようだった。間抜けな音だが、笛に近い音色、のような気がする。 「……わかっちゃいたが、ただの科学力が高い星ってだけじゃなさそうだねぇ」  以前は、少しでも不安要素があると避けていた。  しかし今は、予測が付かない状況に対して高揚し、胸を躍らせている。違和感の元へと向かいたくてたまらない。  遠方から響く、よくわからない笛の音。  そして、ブロリーこそいなかったものの、エネルギー探知で感じた違和感。  原住民の民家を取り囲むように広がっている、密集した妙な気配のエネルギー群。 「さぁて。好奇心を満たす前に、どっかで着るものを拝借しようかね」  視界に小さく映る家々なら、服あるいは布の一枚くらいはあるだろう、とガルハッタは静かに移動を開始した。

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2026.01.09