小説

老練ラットは胡坐をかく〔8〕

「さ、差し上げます!! 申し訳ございませんでした!!!」  面子も矜持も投げ打って、兄は地べたに頭を擦りつけた。金は欲しい。けれど、命の方がもっと大事だと、兄はわかっていた。  頭を下げる兄の姿を見てポカンと呆気に取られていた弟も、すぐさまハッとして兄に並び、同じように頭を下げた。 「ごめんなさい!! 助けてください!!」  そんな兄弟を眺めて、ガルハッタは深く、痛む肺で出来るだけ深く、息を吐いた。 (落ち着け、落ち着け“俺”。違うだろう……。これは、違うだろう)  ざわざわと疼く、騒がしい感情と血潮をなんとか落ち着かせようと、静かに瞼を閉じた。 (いま、何を考えた?)  触れている指先に力が入り、軽飛行機の外装が微かに凹んだ。  ベコッと音が響き、ひぃっと小さく悲鳴が響く。 (我を忘れたのか? 俺が。この“俺”が)  指先をなんとか丸めて拳を作る。ギチチと爪が皮膚に食い込む感触がした。  屈辱だった。  精神の制御ならば完璧にこなせるという、自負があった。  怒りを発露したことなど、ヤードラット人として生きていた頃は一度もなかった。 (サイヤ人の血に負けた? この俺が?)  サイヤ人は激情家が多く、感情のままに動く種族であることは知っていた。  例え、自分の身内が窮地に陥っても、サイヤ人の本能を抑えて冷静に行動する自信があった。 (この様か……!)  不審な異星人を見つけて、接触したまでは良かった。ブロリーがカプセルに閉じ込められている経緯がわからず、真意を探るために兄弟の頭の中を覗いてみたら、これだ。  金、商品、花、新種、欲しい、怖い、捕まえた、嬉しい。  ――売れば大金持ちだ。  瞬間、脳裏に浮かんだのは必死な顔で泣きわめく子供の頃のブロリー。  気が付いたら、瞬間移動で兄弟を海の中に引きずり込んでいた。  水中の生物の気を探れば水中なんてすぐ移動できるし、バリアを張れば息も出来る。濡れ鼠になったりもしない。脱出したくなったら花の気配の元に瞬間移動すればいい。  沸騰し全身の毛穴が開いた体とは裏腹に、頭では理性的な算段を立てている。  そんな自分を自覚すると、逆立っていた尻尾がゆっくりと萎えた。熱くなっていた体も冷えていく。 「……そうか。納得してくれて良かった。……濡れたままだと体が冷えるからな。戻ろう」 「ひゃい!」 「ありがとうございます!!」  出来るだけ柔和な表情を心掛けて、兄弟に声をかけた。しかし帰ってきたのは、恐慌状態に陥って下僕に成り下がったかのような反応だった。  兄弟に繋げたままだった念話から、悲鳴や懇願、諦めの声が聞こえる。果ては自らの母を呼んだりしている。 「………………うん、そうか。平静さを保てなくてすまんな……」  兄弟の哀れな姿に、ガルハッタは冷静を越えて沈痛な心持ちを抱き始めた。  とりあえず海から抜け出そうと、五体投地を維持したままの兄弟を引きずり、飛行機に抱き付かせる。そうして、兄弟に触れたまま瞬間移動で日差しの元に戻るのだった。  それは、埋没していた懐かしい記憶だ。 「ブロリー。ブ~ロ~リ~~! 悪かったって。許してくれや」 「良い歳をした大人がいったい何をしているんだ……」  白いマントに向かって許しを請うガルハッタの姿に、パラガスが疲れた声で吐息混じりに小言を吐いた。 「いやぁ、ブロリーの反応が可愛くてな」  答えるガルハッタに堪えた様子はなく。ブロリーは父であるパラガスのマントの中から、少しだけ顔を覗かせた。 「おっ。いいぞブロリー、出て来い出て来い。こうもり見るか、こうもり! 好きだろう?」  気が付いたガルハッタが嬉しそうな笑顔を浮かべて、ブロリーへと手招きをした。  そうして言葉通りに、手のひらにエネルギーを収束させて動物の姿を作り出そうとする。  その呑気な動作と表情に対して、ブロリーは無性に腹が立った。ムッと機嫌を害したように眉根を寄せて、再びマントの中に隠れる。 「あ~~」  ブロリーの隠れ家と化していたパラガスは、足元に蹲るブロリーとそれを構うガルハッタを見やり、ふぅとため息をついた。 「そろそろ物資を集めに出ないと陽が落ちてしまうんじゃないのか? 備蓄が少ない」 「うん、まあ、そうなんだが」  機嫌を損ねたブロリーがこうなったら長い。  いつもならそっとしておくのだが、今回は対応に悩んでいた。  何故なら目的地である星へと既に到着し、着陸すら終わらせているからである。宇宙船の大きな扉を開けば、草木が生え茂った色濃い大地と青空が出迎えてくれるのだ。  売却用の貿易品や買い物後の購入品を運ぶための車の準備も事前に済ませており、あとは出発するだけ。 「どうすっかねぇ。今回は俺一人で行ってくるか」  普段はガルハッタとパラガスが手分けして物資を確保し、その間はブロリーが一人で宇宙船に残っている。だが、今回はそれも難しそうだ、とガルハッタは弱った顔で口角を持ち上げた。 「こうなったのも俺が原因だしなぁ。まあ、あんたらがいなかった時は一人でやってたんだ。大丈夫さ」  原因、先ほどのことを思い出せば、確かにブロリーが怒るほどには容赦のない錐揉み回転だった。  低空飛行をしながら上下左右前転好転と、狭い通路で三十分ほどブロリーを膝に乗せたまま遊んだのだ。常人ならば三半規管がやられてトイレにこもっていただろう。 「ブロリーが落ち着いたらオレも何かしら食べれるものを狩りに行こう。食料は毎回のように物足りなくなってしまうからな……」 「おお、それはありがたいなぁ。あんたらがいれば食い物はいくらあっても困らんだろう。ははは!」 「ふっ、そうだな」  軽く笑い合いながら、ガルハッタは外出用の装備を身に付けて、宇宙船の外へ足を向けた。  その時、パラガスは自身のマントが少し動いた事に気が付いた。  ブロリーに気付かれぬよう最小限の動きで背後を確認した。すると、マントが少しだけ持ち上げられて、外を窺うための隙間ができているのがわかった。じっと、遠ざかるガルハッタの背中を見つめている。 (この様子なら割とすぐにマントから出て来そうだな) 「ブロリー、椅子まで移動するぞ」  パラガスはブロリーをそのままに、ゆっくりと移動し始めた。マントにくるまっているブロリーも蹲った状態で、もそもそと追従する。 「……とうさん……」  パラガスが椅子に座り、ブロリーもその足元で再びマントにくるまると、隠れた状態のまま静かな声を出した。 「どうした」 「くうちゅうせん、したい」 「空中戦……ああ、そうだな。実践はまだだったな。食料を集め終わったらやってみるか」 「ん」  心持ち嬉しそうなブロリーの声音を聞いて、パラガスは柔らかく息を零した。  穏やかだった。  サイヤ人に似つかわしくないほどの平和。  けれど、優しくもあたたかい団欒は、その日に終わりを迎えたのだ。 「ブロリー。ブ~ロ~リ~~! ……ダメだ。完全に寝入ってやがる」  カプセルから出てきた植物の歪な形にガルハッタは片眉を上げた。疑問に思う前に兄弟たちからブロリーが内部で暴れ散らかしている記憶が流れてきたので、成る程と頷くに留める。  中にブロリーがいることは気の探知でわかっていた。ガルハッタは早速とばかりに、瞬間移動を駆使してブロリーを引っ張り出した。  芸がないと自分でも思うが、ブロリーの力で開かない植物なんて、より幼いガルハッタの力ではどうすることもできない。  手軽で確実な手を使う。当たり前のことだ。 「な、中から人が出て来た……」 (危うく人さらいになるところだった……)  寝ているブロリーを見て弟は慌てふためき、兄は額の汗を拭った。 「まったく……。いったいどんな催眠ガスを使ったんだい? 確かにブロリーはよく寝るやつだが、音や気配には敏感なんだがね」  ブロリーの髪の毛をわしゃわしゃと掻き回し頭を揺らしてみるが、寝息のリズムが狂うことはなかった。それどころか、眉間のしわが取れて穏やかな寝顔になったように見える。  兄弟は気まずそうに、猛獣用の強いガスを……と呟いていた。 「まあいいさ。寝ているだけで大した問題はなさそうだ」 「じゃあ、俺たちはもう、帰っても……?」  おずおずと口を開く兄の背に隠れるように、弟も固唾を飲んで見守っている。  彼らの背後にある小型飛行機は、機体丸ごと水没した影響で可動部が全て故障し沈黙していた。 「そうだなぁ……。ブロリーを彼の父親に届けてくるからここで待機しといてくれんか。俺もあんたらと一緒に行く」 「えっ!?」 「宇宙船があるんだろう? 俺はこの星を出たいと思っていてね。なぁに、近くの星まででいいんだ。乗っけてってくれや」  小型飛行機が収まるほどの大きさ宇宙船。笛の音を流し続けている白い乗り物が、植物の花を避けるように停泊していたのをすでに見つけている。 「駄賃もやるぞ。紫の花の宝石だ。あんたらも植物自体は捕獲したようだが、実の中にある宝石には手を付けていないんだろう?」  懐に納めていた虹色の宝石を一つ取り出した。 「うわー!! 宝石だ!」 「ええっ!? あの花から!? ど、どうやって…!」  兄弟が驚くのも無理はない。この宝石を紫の花から採取すると、何故か自爆するのだ。  無一文な自分に気が付いたガルハッタが今後の足しにしようと花からむしり取ったら、いきなり爆発して驚いた経緯がある。 「さほど詳しくはないが、目玉が飛び出るくらいの価値はあると踏んでいい。宇宙船に乗せてくれるんなら、これをタクシー代として渡そう」 「め、目玉もなにも……花との切り離しに、誰も成功したことがないはず……!」 (爆発したことすら無かったのか。……もう少し集めようかね)  ガルハッタが予想した以上に貴重な宝石らしい。  サイヤ人になった手前、食費のために採取しておこうか、と考えを巡らせた。  兄弟は虹色にきらめく宝石に生唾を飲み、次第に歓喜の表情へと変化していく。 「わ、わかった! 連れて行く! どこでも行きたい場所を言ってくれ!」 「宝石やったー!!」  弟が兄の手を取り、輪になって踊り始めた。 (……もう必要なさそうだな)  兄弟への懸念がなくなり、気で繋げていた念話の道を閉じる。 (あとはこの星を出るだけだが……)  足元で寝続けているブロリーを見下ろし、自らの服に刺されている刺繍に指を滑らせる。 (……なんとなく、気が進まねぇな……)  あの花々が生息している限り、この星はいつかあれに飲み込まれるだろう。  生前のガルハッタが噂を聞いた時には、星の半分はまだ無事だったはずだ。増殖のペースを考えるに、星全体まで広がるには最低でも十年ほどの猶予はある。 (……なに考えてんだ。別に、俺が解決しなきゃいけないわけじゃないだろう)  握り込んだ宝石を見る。光を反射する石は様々な色に輝き、その色の複雑さはガルハッタの感情を表しているようだった。  ――ドシュ! バゴーン!! バァーン!! 「なになになに!?」 「砲撃か!?」  突然轟いた破壊音に、兄弟はひしっと抱き合って同じ方向へ顔を向けた。  砲撃音と共に、火薬の臭いが風に乗って届く。  ドシュ! ドッカーン!!  振動がかすかに届き、遠くに見える植物たちのツタやツルが動き始めたのも確認できた。 「……まったく。ドンドコドンドコ騒がしいねぇ」  呆れたように目を閉じたガルハッタは、手の宝石を懐に仕舞い直した。  野次馬にはなりたくないと思っているのに、その意に反して好奇心が疼く。争いが気になる。  これはきっと、サイヤ人の特徴なんだろう。  そう責任転嫁することにした。

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2026.01.19