花の甘い香りがしない。
ガルハッタが最初に抱いた違和感はそれだった。
風が吹いてきた。
そう思った時、指がピリリと痺れているのに気付いた。
「ん? 痺れる? ……なんだ」
痺れを確かめるように手を握ったが、わずかに動きが遅れる。小さな違和感が更に膨れ、怪訝へと移行した時。
手の指、足の指、腕、脚。まるでさざめくように、末端から全身へと小さな痺れが広がっていく。
異常だと認識した時には、遅かった。
身体が冷たく、思うように動かない。
動かそうとしているのに、錆びた機械のように固く鈍い。痺れも大きく、痛みすら伴うようになった。
(なにが起きている?)
飛んでいた空から降りて地面を踏みつけるも、足の裏に土の感触は伝わって来なかった。
痺れが大きく、感覚があまりない。バランスを崩して尻餅を着いたが、衝撃すら感じなかった。
「なんだこりゃ……」
喋れはする。しかし、舌の痺れでいつも以上の舌足らずになっていた。
「くくくっ……あっはっはっはっ! 効いた! 効いたな毒が!」
風上から高笑いが届き、ガルハッタは頭を無理矢理動かした。
いる。男がひとり、白衣を着たガスマスクの不審者を見つけた。
同時に気の探知を試みる。けれど、体内のエネルギーを練ろうと集中した途端、頭痛と吐き気に襲われた。
「おぇ」
頭の中を掻き回されているような鈍痛と気持ち悪さに、地面へと蹲まってしまう。
「素晴らしい! まだ動けるとは! 一般的な毒よりも効能を強くしたはずだが、実験よりも育成を優先してしまったから分析が不十分だったな。効果が薄いのか、効きが遅いのか、解毒が早いのか……。なるほど。これは調べがいがありそうだ……!」
ガスマスク越しに響く高揚した男の声。その出で立ちは見覚えがあった。
(クローンのこの身体を作った、あの科学者か)
揺れ動く不安定な視界にようやく収めたのは、不遜な足取りで近付いてくる薄汚れた靴と白衣の裾。それがあと一歩という距離で止まる。
「まったく。あのクソどもに邪魔をされて多くの時間を取られたな。まあ、その間に“これ”も自立行動を取っていたようだから? 初歩的なテストをしなくて済んだわけだが。しかし何も生み出すことができない木偶どもが僕の邪魔をするというのは存在自体がマイナスでしかないなあの単細胞ども。忌々しい!」
科学者から垂れ流される愚痴と、シュコーというガスマスクから発せられる呼吸音。
覚束ない感覚や揺れる脳内は熱に浮かされている時と似ているのに、音だけが鮮明に聞こえていた。
(哀れなほど見事に捕まってたくせに、俺に対しての準備は良すぎるだろ。徹底的に封殺しに来てやがる)
体の痺れが毒によるものだとわかり、混乱していたガルハッタは少しばかり落ち着いた。
動かない体と切り離されているかのように意識がはっきりしているため、どこか他人事のように聞き入ってしまう。現実味がない、といえばいいのか。
(さすがにスピリットが使えんと何も出来んぞ。どうすんだこれ……)
科学者の下に連れ戻されるだけなら許容はできる。逃げる機会を窺いながら過ごせば良い。
ただし――ガルハッタが抱く最悪の懸念がひとつ。
このすぐ近くに、クローン元であるブロリーがいるのだ。
(ブロリーがこいつにとっ捕まれば、クローンを作り放題だ。それだけは、絶対に認められねぇ――!)
「さて。僕は非力なのでね。お前には自分で歩いてもらうぞ」
科学者は白衣のポケットから小さな装置を取り出した。マチ針を指と同じサイズに巨大化したような、鋭利な形状と球体の摘まみ。
科学者が地面に跪く様子が見えると同時に、視界が持ち上がった。
「かはっ」
眼前にガスマスクが映る。
息苦しくなってようやく、ガルハッタは首を絞められていることに気付いた。
「口頭で従わせるなど生温い。人間と同じ肉体構造ならば、電気信号で脊髄に直接命令すればいい」
科学者の手にある装置の針先が、ガルハッタのうなじに狙いを付ける。
(まじかこいつ。体を勝手に動かされるとか拷問すぎるぞ……!)
ガスマスク越しの科学者の目が、ニタリと卑しげに細められた。
「そう。お前は、僕が気に入らないものを排除するための道具だ。そのために作ったんだ。サイヤ人の血が手に入った時から、ずっとこの時を待っていた!」
興奮した様子の科学者と連動するように、更に呼吸が難しくなった。自分のものだろう喘鳴が脳裏に響く。
「サイヤ人の力があれば、邪魔なもの全てを排除できる。全て殺せる。僕の邪魔をするもの、僕を馬鹿にするもの、僕を認めないもの、全て! 全て! 全て!!」
「が……っ!」
酸素不足に陥り、頭がカッと熱くなった。
「おっと、力が入りすぎてしまった。ここで殺してしまったら、こいつを作り上げるために注いだ時間が無駄になってしまう」
赤く染まったガルハッタの顔面に気付き、科学者は力を込めていた手を緩めた。
そしてそのままの流れで。
――ズブリ。
子供特有の細く柔らかいうなじへと、深く突き刺さった。
「~~~~~ッ!!」
衝撃で体が大きく跳ねた。視界がチカチカと光り白飛びする。
荷台いっぱいに載せた旅荷物。
行き倒れの男。
煙を揺蕩う銃口。
動かせない体。
「ははは! 活きが良い! 上手く接続できたようだなぁ!」
それらは、記憶の奥底に沈めて触れずにいた断片。
男の不愉快な笑い声が響く中、ガルハッタの意識は闇に落ちていった。
誰しも、思い出したくない過去があるものだ。
些細なきっかけでそれが蘇ってしまうことも、珍しくはない。
「さぁて。あらかた片付いたかね」
持ってきたものを売り、めぼしい物を仕入れ、時には物々交換などで交渉し、住民の悩みなどを解決する代わりに物資を得るなどして、一月分ほどの食材と保存食を詰め込んだ車に乗り込んだ。
一息ついたガルハッタはそう呟いて、宇宙船へ戻るための道を車の排気ガスと共に進む。
小規模の村や町がぽつぽつとある程度の文化レベルの星だが、気の良い住人が多くいた。
宇宙船が来訪することもたまにあり、他の星の技術や物資で少しずつ進歩しているのだと老人が語っていた。
「……ん? なんだありゃ」
整備されていない土の地面をがたがたと進行していると、少し先の方で人が倒れているのを見つけた。男が一人、うつ伏せに倒れている。
「気の乱れは無いが……気絶してんだとしたら大変ではある……が」
苦しかったり感情が乱れていたりすると、それに同調して生体エネルギーは多少なりとも乱れる傾向がある。しかし気絶などして意識がないと生体エネルギーは生来の量より減少し、乱れをあまり感じ取れなくなってしまう。
何のトレーニングもしていない一般人は気が小さく他の動物と混ざって感じ取りにくいが、さすがに正常な気か否かくらいは判別できる。
発作で気絶してる可能性はあるが、この辺りは荒野が広がっており建物なども見当たらない。この先にはガルハッタの宇宙船があるだけだ。
もう一つ可能性を考えるのであれば……。
(追い剥ぎかね……見るからに大荷物を運んでるからなあ……)
とりあえず近付かないことには始まらない。
車を運転しながら倒れている男の傍まで近寄ってみる。
「よう。大丈夫かい?」
ガルハッタは乗っていた車を停車させて、運転席のドアに腕を乗せて少し身を乗り出しながら声をかけた。屋根や窓などは荷物を乗せるために取っ払っていたため、お互いの様子は丸見えだ。
しかし倒れ伏している男は身動ぎも呻きもせず、その代わりかのように、パンッと一発、乾いた音が鳴り響いた。
日が暮れ始めた上空で、微かに聞こえた破裂音に反応してブロリーが彼方へと視線を向けた。
「ブロリーどうした」
「……音が聞こえた……」
「音?」
ブロリーの視線を追い、パラガスも遠くへ目を向ける。その方向には遠目に小さな村が、その先には町が見えた。ガルハッタが車に乗り込んで向かった原住民達がいるであろう方角だ。大きな音が響いてきても何らおかしくはない。
パラガスがブロリーへ視線を戻すと、その顔が徐々に怪訝なものに変わっていく。
「…………ガルの気が、小さい……?」
ブロリーの小さな呟きを拾ってようやく、パラガスは組み手の構えを解いて周囲の気を探ることを始めた。そうして、ガルハッタが意外にも近くまで帰って来ていたことに気付く。彼から感じる気がいつもの半分ほどしか無いことも。
「どういうことだ……いったい何が……」
そう戸惑っている間にも、ガルハッタの気は少しずつ減っているようだった。
ボッと瞬間的にブロリーの気が上がり、そちらに顔を向けた時には既に、ブロリーは凄まじい速度でガルハッタがいるであろう場所へ向かって飛び去っていた。
「待て、ブロリー!」
慌ててパラガスも後を追った。
ガルハッタも心配ではあったが、それ以上にブロリーを単独行動させることに不安があったからだ。
ブロリーの姿を見失わぬよう空を飛ぶも、パラガスの胸中に嫌な予感が湧き上がる。
それは奇しくも、生まれたばかりのブロリーの戦闘力が一万であると耳にした時、喜びと共に感じた一抹の不安に酷似していた。
「が……っ!」
首に衝撃を受け、ガルハッタは助手席に倒れ込むように態勢を崩した。首を動かそうとすると激痛が走り、熱を帯びていく。
息はできる。
状態を確認しようと恐る恐る探ると、ぬるりとした液体に指先が滑った。
血だ。首元の衣装が重く湿り、心臓の鼓動と同じリズムでどくどくと流れだす。
警戒していたのだからバリアくらいは張っておけば良かった。しかし後悔してももう遅い。
技は豊富に知っているが気の量自体はあまり多くないので、普段から節約しながら使用していた。今回はそれが致命的だったようだ。
ガルハッタが使える治癒の技は自分自身には使用できない。負ってしまった怪我にはなすすべが無く、悪足掻きのように傷口を手で押さえるくらいしか出来なかった。
「よっしゃ当たった!」
少し離れた場所から知らない男の声が聞こえ、微動だにしなかった目の前の男が慌てて起き上がった。ガルハッタから逃げるように車の右側へと回り込み、近付いてくるもう一人の男を迎えたようだった。
「アニキ最高っす! 初めての武器を使いこなすなんて!! かっこいいっす!」
「まあ待て。喜ぶのはこの変な宇宙人を完全に始末してからだ」
そんな会話を繰り広げている方へガルハッタが顔を向けると、持っていた拳銃を構える人相の悪い男と目が合った。
銃口の照準は間違いなくガルハッタに向けられており、この至近距離では外すことの方が難しいだろう。
「気色悪ぃ宇宙人風情が」
銃口を向けられると共に、ガルハッタは自分自身を球体のバリアで囲んだ。
パンッ!
発砲音と共に飛び出した鉛玉はバリアに届いた瞬間、壁に激突したかのように押し潰され、ぽとりと無音のまま地面へと落下した。
「は?」
「弾が、ひとりでに落ちた……?」
バリアが見えないのだろう男達は混乱して、地面に転がった弾と手元の拳銃を忙しなく見比べた。
ガルハッタの纏う気は圧縮した強いエネルギーだと白く見えるが、バリア程度であれば透明に近い。しかも男達は気などと縁の無い一般人だ。感じ取ることもできないだろう。
「ふ、ふざけんじゃねぇ!!」
男は取り乱しながら拳銃を両手で構え、ぶれる照準にお構いなく乱射した。
全弾撃ち切ってもなお引き金をカチカチと引き続ける。
しかし一発もガルハッタまで届かず、全ての弾が空中で潰れ、地面へ転がり落ちた。
理解の及ばぬ現象に、拳銃を持った男は後退り慄く。
「どうなってんだ!?」
「壊れたんですかね……」
拳銃についての知識がほとんどなく、引き金を引けば目の前にいる生き物が死ぬとだけ説明された男達は、故障以外の理由が思い付かなかった。
装填する新しい弾もない。そもそもこの星には拳銃そのものが生まれておらず、宇宙外からもたらされた一品を入手しただけだった。
新たな弾を生み出すことすらできず、もはや見映えだけの飾りに成り下がったのだ。
「ちくしょう! だったら殴り殺せばいいだけだ! さっさと死んでその荷物をまるごとよこせ!!」
持っていた拳銃を投げ捨てて、アニキと呼ばれた男はガルハッタへと襲いかかった。しかし。
「ぎゃっ!!」
「アニキ!」
ガルハッタが掴み掛かられる前に、男の顔面を踏み抜くような鋭い蹴りが刺さった。
飛んできた遠心力と全体重を全て顔面で受けた男はその蹴りを受けきれず、文字通り吹っ飛ばされた。もしかしたら首の骨が折れているかもしれない、そう思うほどのスピードで。
「ガル……!」
蹴り飛ばした本人であるブロリーは男が吹き飛ぶ様子すら見届けずに、車の中で白い顔をしているガルハッタに駆け寄った。
首から胸元まで赤く濡れているだけでなく、ガルハッタが座っている座席にまで血溜まりが出来つつある。
驚きのあまり手を伸ばしたが、バリアがあることに気付き、触れることなく手が止まった。
「ブロリーか……すまんな、油断した」
「……ガルハッタ、バリアを消せ。怪我してる」
「ああ、うん……そうだなぁ」
今気付いたとばかりのガルハッタの反応にブロリーは眉をひそめた。普段の穏やかな様子とは違う、寝惚けているような、ぼんやりとした反応だった。
ガルハッタが纏っていたバリアはゆっくりと薄く掻き消えた。
その消し方でさえ円を描くように鮮やかに消えていたいつもとは違う手法で、ブロリーは更に戸惑った。
「ガル?」
「ブロリー! ガルハッタ!」
ブロリーから少し遅れてやってきたのはパラガスだ。すぐさまガルハッタに気付いて、流れた血の量から容態を察する。
身体が頑丈なサイヤ人と違い、ヤードラット人であるガルハッタは筋肉も脂肪もほとんどない枯れ枝のような貧弱な身体だ。サイヤ人ならかすり傷で済む攻撃も、ガルハッタだと致命傷になってしまう。足りない血を輸血しようにも、ガルハッタと同じヤードラット人がこの星にいるはずもない。
「ああ……そうか……」
パラガスは諦めの表情を浮かべガルハッタを見やった。
解決策は何一つ思い浮かばなかった。
そんなパラガスを見てブロリーは焦る。
子どもながらに二人の様子から、ただの怪我ではないと察したのだ。
ざわざわとした悪寒がブロリーの背筋を伝う。
「とうさん、ガルが……」
「う、うわぁああああ!! くっ、首! アニキの首が!!」
離れた場所から絶叫が響き、ブロリーは額に青筋を浮かべた。両目が見開き、憤怒に染まる。
「……クズが……」
声の持ち主がいるであろう方向を睨め付けるブロリーを見て、パラガスはこの状況を完全に把握した。そして疲れたようにため息をつく。
「……ブロリー。宇宙船へ戻ろう。あいつらは放っておけ。オレがガルハッタと車を運ぶ」
パラガスが説得するよりも早く、ブロリーは視線を外し項垂れていたガルハッタを覗き込んだ。
「……ガルの気がなくなる……」
その表情と今にも泣きそうな声のブロリーに、パラガスは心底驚愕していた。
ブロリーが他人のために心を動かす場面に初めて遭遇したのだ。
てっきり、ガルハッタについてもちゃんと説明すればすんなり納得するのだろうと思っていたのだが。
情操教育よろしくブロリーに言い聞かせても、いつも他人事のような反応で。人の心というものを理解させることはすでに諦めていた。
しかし、自分にとって心を動かすほどの大切なものと、そうでないものを線引きしているだけなのであれば……。
(そうか……であれば、ブロリーには教えなければならない。“つらさを伴う別れ”というものを)
「ブロリー。ガルハッタはもう助からない。この怪我は治らないんだ」
「……うそだ」
「うそじゃない。……ガルハッタは、死ぬんだ」
しぬ、と反復するようにブロリーの口が動く。
その言葉の意味を理解し、悲しみに歪んでいたブロリーの顔は更に歪んだ。
絶望と、無力感と、理不尽さと。初めて知る感情が入り乱れて、押し寄せる。
意味がわからなかった。
どうしてガルハッタが死ぬのか。
あんなに多彩な技を使う人間が、一度たりとも攻撃が通じなかった相手が、どうして死ぬのか。
握った拳がぶるぶると震えた。
考えがまとまらない。
制御できない感情の高ぶりと共に呼吸が乱れる。
息を吸うのも吐くのも苦しくて、ハッハッと短い呼吸を繰り返した。
「ブロリー? どうした」
急変したブロリーの様子にパラガスが声を掛けるも、ブロリーは俯いて身体を強張らせたままで。
握った拳と逆の手が、車のドアに手を掛け握り潰した。
それでもまだ気が収まらない。
頭の中で何かがぐるぐると回っている。
ブロリーのぼやけた視界にはガルハッタが腰掛けている座席と、赤い血溜まりが鮮明に映った。
感情が更に高ぶり、息が苦しくて、涙が滲む。
「……ブロリー……」
弱々しい声が耳に届き、ブロリーはゆっくりと顔を上げた。
目を閉じていたガルハッタが寝惚け眼でこちらを見返している。
目が合った瞬間、ブロリーの目から一粒涙がこぼれ落ちた。
「俺は、もうだめだ。すっげぇねむい……」
「……ガル……」
「……もう、起きれねぇくらいねみぃ……。だからな、ブロリー。さよなら、しよう……」
「……いやだ……」
「嫌か」
「やだ、やだやだやだ!! いやだ!」
ブロリーは首を左右に振り、嫌な想像を否定したくて声を荒げた。
認めたら、別れを告げたら、ガルハッタがいなくなってしまうような気分に駆られたからだ。
しかし現実は、別れを告げずともやってくる。
そんなブロリーを見てガルハッタはふぅと息をついた。
従順そうに見えても意外と頑固で、固めた意思を変えることは一度もできなかったことを思い出す。
「そうか……じゃあ、しかたないな……」
「しぬのだめだ……! ガル……!」
ガルハッタの腕がゆっくりと持ち上がり、ブロリーの頭に乗せられた。
ぎこちない動きで髪をかき乱される。揺れる頭に合わせて、目尻から再び涙が流れた。
「……パラガス……あと、頼むわ……」
「ああ、任された」
ガルハッタの途切れ途切れの言葉に、パラガスはしっかりと頷いた。
彼は微かに息を吐き、満足そうに静かに目を閉じた。
「ガル!」
「……おやすみ……」
最後の息を言葉と共に吐き出すと同時に、ガルハッタの体内に蓄積されていた気が全て掻き消えた。
生きているもの全てにあるはずの体内エネルギーが皆無になった。それはつまり。
ブロリーの頭に置かれていたガルハッタの手がずり落ちる。
その日、ガルハッタと名付けられたヤードラット人の生命活動は完全に止まった。
決して消えないものは、あると思うか?
深夜だった。
ガルハッタの膝の上、ブロリーは寝るときに使っているブランケットを被ったまま、眠くない、と口を尖らせた。
幼子の可愛い我が儘だ。
ガルハッタは笑みを浮かべ、ブロリーに手を差し出した。手のひらから握り拳ほどの大きさのエネルギーがぽんぽんといくつも生み出され、それぞれが人や動物の形を作り出す。
「久しぶりに見るかい、アレ」
「……! 見る!」
アレという言葉にブロリーは目を輝かせ、満面の笑顔でガルハッタを見上げた。期待した表情を浮かべて、目前で踊るエネルギーを見つめ始める。
アレというのは、エネルギーで人形を模して各自を自由自在に動かす人形劇のようなものだ。
セリフや音なんかは紙芝居のように自前の声で演じるが、それでもブロリーは言葉も紡げぬ昔から、この遊びを気に入っていた。
「さあて、今日はどんな話にしようかね」
「宇宙海賊が戦うやつ見たい……!」
「おいおい、こんな時間に見たら興奮して寝れなくなっちまうだろ。戦いの話は親父さんが起きてる時だけだ」
「む……」
不服そうに頬を膨らますブロリーは、それでも大人しく引き下がり、別の案を思案し始めた。自分の意見を押し通すと人形劇自体がなくなってしまうことを経験済みだからだ。
「……こうもりの話、見たい」
「【ずる賢いこうもり】か。渋いチョイスだねえ。しかしこのこうもりは最後が可哀想じゃないかい?」
けれどブロリーはふるふると首を振り、幼い子供が浮かべたとは思えない嘲りの表情で薄く笑った。
「かっこ悪くておもしろいから好き」
「……そうかい」
将来が不安になる返答だが、それも個性か、とガルハッタは流すことにした。
適当に踊らせていたエネルギーである人形たちを、全て動物の形に作り替える。翼ある鳥、四足の獣、そして小さな蝙蝠。
【ずる賢いこうもり】は子供への教訓として語られる物語である。
獣と鳥に分かれて戦いになった際に、主人公のこうもりは鳥が不利になったら「全身に毛が生えているので獣の仲間です!」と獣側の味方をし、獣が不利になったら「羽があるから鳥の味方です!」と鳥側に鞍替えするのだ。
最終的に鳥と獣の戦いが収まった後、何度も裏切りを重ねたこうもりは鳥と獣の両者に「二度と姿を現すな!」と追い出されてしまう。こうもりみたいなことをするとみんなに嫌われてしまうから気を付けようね、という終わり方だ。
話の大筋はそのままで、動物たちを動かし、セリフはその時に思い付いたままテキトーに進めていく。蝙蝠が裏切るたび、鳥や獣が騙されるたび、ブロリーの小さな笑い声が室内に響いた。
物語が終盤に差し掛かったころ、反応が薄くなっていたブロリーの体が重くなった。ガルハッタにもたれ掛かる。
「ブロリー?」
「んん……」
覗き込むと両瞼が閉じており、眠りかけているようだった。
「……おやすみ。良い夢見ろよ」
動かしていたエネルギーを全て抹消して、丸くなっているブロリーの体をトントンと軽く叩く。
そうして、ブロリーを寝床へと寝かせるために抱き上げ、ガルハッタは立ち上がるのだった。
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2024.11.10(改2026.02.24)
▼脊髄損傷
ブロリーの制御装置を作った科学者以下である。
ドラゴンボールがあるから大丈夫。
肺も脊髄も地球に辿り着いたら治るさ!
▼時系列
2の夢→8の夢→10の死亡シーン、という流れが、転生する前の最後の一日です。
その後、1の閻魔大王へと繋がってクローンとして転生します。