小説

ブロリー二号は胡坐をかく〔3〕

 ◇  ◇  ◇  こぽり。身じろぎをしただけで周囲に小さなあぶくが生まれる。口を開くと体内に液体が流れ込み、隙間が出来ていた胃袋の中へと溜まり満たした。  呼吸はまだ必要ない。それどころか呼吸をするための内臓はまだ完成していなかった。同時期に全体像を形成した脳と心臓はいまだ小さく、とくとくと身体中に脈動が響く。  ガルハッタは目の前の透明な壁に手をついた。  液体で満たされた透明な壁は周囲を一周しており、天井も蓋のような何かがある。床はぶくぶくと小さな泡を出しているだけで、出入り口などはどこにもない。  閻魔大王との対面後、ガルハッタが気が付いた時にはこの筒状の入れ物の中に生まれたままの姿で漂っていた。  欠損などはなく五体満足の赤ん坊だが、中身はまだ不完全らしい。体は重くだるい。思考するにも頭が動かず複雑なことを考えることはできないが、ひとまず自分の体内の気を感じ取ることはできた。  まるで霞のような吹けば飛ぶエネルギーだが、それでもゆっくりと全身に循環させれば現在の自分の状況がわかるのだからありがたい。 (胎内にいる赤ん坊と同じ状態なんだろうか)  目も耳も薄ぼんやりとしか機能せず、ガラスの向こう側は確認出来そうにない。 (自由になるまで寝るか、スピリットのトレーニングをするか……)  スピリットには体と精神が完全に一致し、何事にも対応できるバランス感覚や動じない不動さを手に入れて始めて全潜在能力を引き出すことが出来る、という教えがある。そして今の状態のガルハッタには、体と精神に大幅なズレが生じている自覚がある。ガルハッタとしての記憶を継続して保持している影響だろう。まだ完全には体内エネルギーを掌握できていなかった。 (……スピリットのトレーニング一択だな。本当にブロリーのクローンになったのであれば、エネルギーの掌握と制御は必須能力だ)  せっかく集中できる環境なのだと思い直し、周囲のことは忘れて自分自身へ意識を向けることにした。  ◆  ◆  ◆  ひゅんひゅんと風切り音を発生させながら、狭い宇宙船の一室を緑色の光が飛び回る。不規則に動く光の玉を右に避け、避けると同時に光の玉を自身のエネルギーで包み込み、圧縮した。薄い膜でぎゅっと押し潰された緑色の玉はボンッと音を立てて、煙や爆発の衝撃全てを膜の外へ漏らすことなく小さくなって消えた。  前方から、背後から、頭上から、囲むように向かってきた光の玉も同じように薄い膜で捕らえて爆発させ、消去させる。ボン、ボン、ドンと爆発音が続けて鳴り、飛び回っていた光の玉は全て消えた。  トレーニング用に空けた一室はそれなりに広く、それでも思い切り体を動かすには狭い無機質な部屋。壁などにダメージがいかないように常にバリアを展開した状態で、気弾にもあまり力を込めずにコントロールのみに重点を置いたのが今回の訓練内容だった。 「複数の気の操作は上手くなったが、それぞれの動きに意識を割きすぎて速さが足りんなあ。俺みたいな爺さんでも目視してすぐに避けることができちまう」  着地したままのガルハッタがそう言うと、対面で仁王立ちしていたブロリーはムスッとした不満げな顔でフンと鼻を鳴らした。 「……気弾より殴った方が早い……」 「おいおい。トレーニングに付き合えって言い出したのはお前さんだろ。素直に聞くつもりないなら今後は無しだ」  ブロリーの投げやりな言葉に呆れてため息を返すと、ブロリーは眉間のしわを深くして更に口を固く閉ざした。口に力を入れすぎて顎にまでしわが寄っている。  眉間だけでなく顎にもしわができるのはブロリーが強い感情を我慢している時の癖だ。感情を発露することが苦手なブロリーは言いたいことを抱え込むことが多い。もっとも、ブロリーの言いたいことはだいたいが非人道的で相手を突き放す類いのものなので、常識や倫理観を学び言葉を飲み込むことを覚えた結果でもある。今回も、自分の感情よりもガルハッタの機嫌取りを優先するために口をつぐんだのだろう。意外ではあるが、マークスとのトレーニングを止めるつもりは無いらしい。  パラガスとブロリーに出会ってから七年ほど経つが、二人はいまだガルハッタの宇宙船に留まっていた。  ブロリーも七歳を迎え、身体も順調に成長している。むしろ成長が早いというか、七歳にしては背が高い気がしてならない。パラガスと組み手をしてブロリーが勝つことも多くなり、今や三対七ほどの勝率になっている。  静かで大人しい性格は昔のままだがサイヤ人特有の戦闘欲は更に強くなり、宇宙船の外の世界を知る毎にひねくれ度合いが上がってしまっている気がする。  食料や燃料の補充、金策など、宇宙船生活が長引いた時の気分転換目的に他の星へ降りることがある。  パラガスが何度か移住する星に目星を付けて試そうとした事もあった。しかし、サイヤ人の悪評が広まりすぎているのか親子の尻尾や黒髪を見て怯え非難する星もあれば、追い出そうとする星もあり。原住民がサイヤ人を知らない星であってもブロリーが泣いて嫌がり頑なに拒否するなど、なかなか納得できる星が見つからなかった。  星によって価値観も違い、文化レベルも物価も違う。当然だが善人もいれば悪人もいる。宇宙から来たガルハッタ達に対して突然攻撃を仕掛ける星もある。  どうしようもない敵意や害意に触れて、自分より弱い塵芥に振り回されて、歓迎してくれるあたたかな人間と出会っても疑心暗鬼が先に出てしまうようで。ガルハッタやパラガスと共に見知らぬ人間と交流を重ねるも、不注意で怪我させてしまったり、理不尽さに抗議するために暴れたり、攻撃されたことに対して過剰な反撃をしたりと、そういった様々な経緯からブロリーの悪逆さが浮き彫りとなり、闇がより深まっていくようだった。  悲しく思ったのは、ブロリーが故意的に起こした問題は一つもなく、本来なら「子供のした事」で片付くような内容が、ブロリーの力が強すぎた事で大事に発展した、そういうことが多かった。ブロリーにも自分がしでかした事の自覚があったらしく、そういう時はだいたい暗い部屋の隅で蹲り、一人で声を出さずに泣いているようだった。 「すまんな、ガルハッタ。お前には世話になりっぱなしだ……」 「構わんさ。ブロリーは繊細なところがあるが、賢くて心根の素直な子だ。我慢をしすぎて心配になるが、俺たちを困らせるまいという気持ちは伝わってくる。どこかブロリーが安心して暮らせる場所を見つけてやろう。その手助けができるなら老い先短い人生にも意味があるというもんだ。なんなら俺が死んだ後、この宇宙船を使ってくれてもいいんだぞ。重荷にならんならな」 「ガルハッタ……。さすがに冗談が過ぎる。まだまだ頼りにしているぞ」 「あっはっはっはっは!」  そんな会話をパラガスと交わしていたのも、つい最近のこと。  不満さは隠さずにじっとガルハッタを睨め付けるブロリーを見返して、ガルハッタはその場で胡座を組んで浮遊し、腕も交差させてうんうんと唸りを上げた。 (優先してほしいのは力加減のコントロールなんだが……。緻密な訓練ばかりだとストレスで爆発しそうだしなあ) 「そうさな……。ブロリー、お前さんは何が得意で何が苦手か自分で理解してるかい?」  ガルハッタからの問いかけに、ブロリーは自らの記憶を探るように目線を横に滑らせた。不満そうだった表情は昔の情報を掘り返すそれに変化している。 「…………体を強くするのはいつもやってる。速く飛んだり、気弾を遠くに飛ばしたりはあまりやらない。走るのとあまり変わらないから……」  ばつが悪そうにもごもごと口を動かしている様子を見るに、筋力や防御などの補助には力を入れているが、エネルギー弾や飛行などにはあまり手を出していないらしい。  スピリットに重点を置いているガルハッタをトレーニングに誘うのだから、てっきりそっち方面に興味が湧いたのかと思ったが。  ガルハッタは顎に手をやったままひとつ頷き、次いでにやりと笑った。 「なるほど。じゃあ空中戦でもやってみるかい?」 「……くうちゅうせん?」 「なんだ、パラガスとはまだやったことないか?」 「……わからない……」  空中戦という単語を初めて聞いたかのような反応をするブロリーに、ガルハッタは面白そうに目を細めた。 「空を飛びながら戦うことさ。地面に落ちないように戦わにゃならんし、まあ7歳にはまだ危ないか」 「やる……! やりたい……!」  空を飛びながら戦う、という説明を聞いた時点で既にブロリーの目はきらきらと期待に輝き始めていた。模擬戦時のまま互いに距離を空けて会話していたのに、いつの間にかガルハッタの膝に手を置き、着衣している服を握りしめるほどに接近している。  そんなブロリーの頭をぽんぽんと軽く叩いた。 「やるならパラガスの許可が必要だなあ。初めて挑戦することは親父さんに言わなきゃいけないって前に約束しただろう?」 「う~~……」 「はっはっはっ! そんな顔してもダメダメ」  悲しさと悔しさが入り交じったような顔で愚図った声を出すブロリーの髪をわしゃわしゃと雑に撫で回す。 「室内トレーニングはこれで終わりにしてパラガスんとこ行くかね。今日降りる予定の星は文化レベルがあんまり高くねえし、気弾使ったトレーニングもできるだろうしなぁ。親父さんが許してくれたら空中戦もできるかもしれんぞ」 「……うん」  不貞腐れた顔でガルハッタの衣装を握りしめるブロリーは、ここ最近新しい星に到着しても宇宙船内に一人残るようになっていた。パラガスが組み手に誘うと外に出るのだが、原住民が住んでいる町や村などには近寄ろうとしない。 「……ブロリー、膝に乗るかい?」 「うん」  動こうとしないブロリーに聞いてみると、不貞腐れた顔のまま身を乗り出して膝に登ってきた。だいぶ大きくなったブロリーだが、まだぎりぎりガルハッタの懐に収まるようだった。  お互いが前方を向く態勢で落ち着くと、ガルハッタはブロリーの頭頂部に顎を乗せて両腕を腹に回した。そのまま悪戯に軽く体重を乗せてみると、ブロリーがガルハッタの腕をぺちんと叩いた。 「重い……」 「でかくなったなぁ、坊っちゃん」  ガルハッタのしみじみとした発言に、ブロリーは訝しげに見上げた。そんなブロリーを見下ろし、にやりと笑う。 「もっとでかくなれよ。俺が潰れるくらいにな。そんでいろんな事を知って、好きなもん見つけるんだ。そしたら楽しくなるさ。俺みたいにな」 「……?」  突拍子もないガルハッタ言葉に、ブロリーは不思議そうに眉をしかめた。 「……ガルなんか変……」 「あっはっはっはっはっ! そうかいそうかい! じゃあもっと変なことをしてやろう!」  ブロリーの冷めた反応に照れと妙な高揚感から笑ってしまい、ついでにブロリーを膝に座らせたまま高速でぐるぐると宙返りを何度も決めてやった。  腕の中から小さな悲鳴が聞こえ、腹に回していた両腕と太股が力強く握られる。少し肉に食い込んでて痛いが、まあ当然の代償だと甘んじておこう。 「このままパラガスんとこまで飛んでってやろう!」  部屋の中を縦横無尽に飛び回り、出入り口の扉もスピリットの分身を使って開けさせて、ノンストップで廊下まで踊り出た。錐揉みのようにぐるぐると回転しながらパラガスがいるであろう操縦室に向かって高速で飛んでいく。ガルハッタの快活な笑い声と、ブロリーの声にならない嗚咽のような悲鳴を余韻として残しながら。

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2024.11.05