小説

老練ラットは胡坐をかく〔3〕

 液体の中で覚醒してから、どれだけの時間が経っただろう。  時間を確認する術ないが、自らの手足が赤ん坊の大きさから4、5歳ほどのブロリーと同じくらいに成長しているので、時間はだいぶ流れたんじゃないかと、ガルハッタは思案していた。 (いい加減ここから出られねぇかねぇ……内側から壊すことは出来そうだが、クローンっていう特殊な生まれ方だ。下手なことは出来んしな……)  以前は不完全だった目や耳も問題なく使えている。揺らぐ視界の先には一人の男がこちらの様子を眺めており、この男以外を見た覚えがないので彼が生みの親なのだろう。  服装や見た目から清潔感が感じられず、顔もやつれ髭も伸ばしっぱなし。いかにもマッドサイエンスという風貌だ。ガルハッタから見える範囲の室内も乱雑に散らかっており、紙束や機材が入った箱などが床に散乱している。  自由を切望しているガルハッタと同じく、製作者である科学者もまた、自分が作ったクローンを外に出したくてたまらないほどに気分が高揚していた。 「もうすぐだ……! ようやく遺伝子の成長限界まで育った! あとは体内の培養液を抜いて肺呼吸に切り替えれば完成する!」  尻尾が生えた黒髪の子供が浮かんでいる培養槽のガラスに両手を擦り付けると、中の子供がその両手の平を静かに見た。次いで科学者と目を合わせる。まるで行動の意味を理解しようとしているようだった。 「ちゃんと意識がある。この様子だと知能も問題なさそうだ。黒い髪と黒い瞳、この長い獣の尻尾。間違いなくサイヤ人……。星と共に滅んだはずのサイヤ人を復活させることができた……! ふふ。こいつがいれば、あんな愚かな奴らなど……!」  科学者が喋っている内容は当然ガルハッタには届かない。しかし、その異様な態度から嫌な空気だけは感じ取っていた。 「さあ……、とうとうこの時がやってきた――!」  培養槽の近くにある装置を科学者が触り始める。ピッピッと機械音が鳴り、レバーに手を掛けたその時。 「ドクター! クローン法違反及び違法売買、国家反逆疑惑で拘束させていただく!!」  唯一の出入り口から雪崩れ込んで来たのは、拳銃や短機関銃などの銃火器を持ち、プロテクターやヘルメットなどで完全武装した兵士達だった。  拳銃を持った兵士が科学者の周りを囲み、短機関銃を所持した兵士は、室内にある機材などの近くに陣取る形で散らばった。もちろんガルハッタがいる培養槽にも銃口が向けられている。 「こっ、ここは僕の私有地だぞ!! こんな地下にまでやってくるなんて!!」 「降伏してください。ドクター」 「するわけがないだろう!!」  科学者が再びレバーに手を掛けた。しかし。  パンッ! 「ぎゃっ!」  軽い発砲音と共に、科学者は手を撃ち抜かれてレバーから手を離した。貫通した弾はそのまま培養槽を操作する装置へ着弾し、バチッと火花飛ばした。 「ドクターを拘束!! 抵抗するなら手足を狙え!」 「きっ、きさまら~~~!!!」  科学者の周りを囲んでいた拳銃部隊が数人がかりで男の動きを封じ、金属製の手枷で素早く拘束した。 「拘束完了! 残った施設を破壊しろ!」  短機関銃を構え後ろで待機していた部隊員が拳銃部隊と位置を代わるように前進した。  事態を把握しきれていないガルハッタも嫌な予感から警戒の色を見せる。 「隊長。今施設を破壊するとカプセルにいる子供が……」 「あれはクローン技術で作られた存在してはいけないものだ。人間の子供ではない。構わずやれ!」 「……はい」  隊長と呼ばれた男の指示に従い、室内にある機材や資料など全てを目標に、短機関銃を乱射し始めた。  ガルハッタがいる培養槽に繋がれた装置もまた、周囲を破壊し尽くしたのちに、まるで最後の仕上げとばかりに撃ち抜かれる。  周辺機器から煙が立ち上り、培養槽の中にまで煙が気泡と共に侵入する。  処分されるのだろうと察したガルハッタだが、果たして自力で培養槽から出ても良いのか判断がつかなかった。  クローン技術の知識などない。無理に脱出して心身に後遺症が出ても困る。  それに、このまま死んだ方が、閻魔大王が危惧する未来は起こらず平穏に済むのではないか、という考えもあった。望んで生まれ変わったわけでもなく、別に二度目の人生を謳歌したいという願望もない。流れに身を任せるのも良いのではないか、と。 「あ゙ぁ゙ああ!! 止めろ止めろ止めろ!!!」  科学者が拘束されたまま暴れるが、指揮していた隊長が近付き自身が所持していた拳銃の弾倉部分で科学者のこめかみを強く殴った。衝撃のまま科学者の首ががくりと落ちる。 「外の輸送車へ連れて行け」  隊長の指示に、隊員の何人かが科学者を引きずって外へと消えて行った。  所々でボンッと機材が爆発する。紙の資料が燃えて炭に変わり、室内が煙で充満していく。  ガルハッタが収まっている培養槽へ入り込んだ煙は培養液と交わるのを拒むように、黒いタール状の筋や粒状の煤の塊へと変化した。それを遠ざけようと手で払ったりもしたが。 「んぐっ!?」  逆に飲み込んでしまった。  吐き出そうと咳のようにごぼごぼ音を立ても黒い煤は現れず、培養液が波打つだけに終わった。  いくつも刻まれた銃痕に内側から圧がかかり、培養槽に大きな亀裂が走った。中の培養液が水鉄砲のように漏れ始める。  減った培養液の空間を埋めるかのように黒い煙の容量が増えて、培養液が煤によって占領され黒いまだら状に染まっていく。 「撤収する!」  鳴っていた銃声が全て止み、バタバタと数人の足音が遠ざかっていく。  バチバチと火花が散る。時折ボンッと小さく爆発音が鳴った。  ――ミシッ。ガッシャーン!  培養槽から不吉な音が鳴ったと同時に、ガラス全体がはじけ飛んだ。中の培養液がどばとばと流れ出す。  カプセル内に残った少量の培養液と共に取り残されたガルハッタは、その場でうずくまり体内の培養液を吐き出した。 「げぇっ、げほっ、ごほっ」  喉に何かが貼り付いているような感触と共に、肺に痛みが走る。ハッハッと小さく肺呼吸を試してみるが、その度に喉がひりついて肺が絞られる感覚がした。   「ふぅ、はぁ、げほっ……あ゛~~あ゛ぁ?」  喉の確認のために声を出してみるが、その声は掠れて囁くような声量しか出せなかった。  深く息を吸って整えようとしても、肺が大きく膨らむ前に引きつり、痛みが走る。 (こりゃダメだ……肺に異常が出たかもしれん)  黒い煙は天井に留まり、幼児姿のガルハッタは自然と煙を避ける位置で倒れていた。  完全に殺されずに放置されたのは、勝手に死ぬと思われたのか。それともクローンとはいえ子供を手に掛けることを恐れたのか。その両方か。  どちらにせよ肺呼吸に切り替わった今、外に出なければ窒息死してしまうだろう。  起き上がり部屋から脱出しようとした、その時。  外からドゴォン! ドォン! と何か重いものが壊れる音がとどろいた。振動がここまで届き、天井からパラパラと砂埃が落ちる。 「!? なんだ……?」  破壊音と振動は何度も連続で響く。発生方向だろう天井を眺めていると、ビシッと大きなひび割れが起こった。  バキバキと音を立てて広がるひびを見て、ガルハッタは慌ててバリアを張る。同時に、周辺の様子を探るため気の探知を行った。そして知る。 (このすぐ上にサイヤ人がいる……!? しかもこの気は……!)  ドオォォン!!  上からの重い衝撃により、天井が一気に崩落した。天井だった瓦礫と共に机や椅子、本棚などの生活用品がガラガラと落ちてくる。  バリアで守られていたガルハッタだが、瓦礫の落下ダメージなどの衝撃を防ぐだけで精一杯で、大量の土砂や大きな瓦礫に埋められる形となってしまった。視界が塞がり、微かに光の筋が隙間から注がれるだけ。  そんな状態で両手を左右に突き出し、バリアが決壊しないようガルハッタは必死に踏ん張っていた。 (この大きな瓦礫を吹き飛ばすほどの力はまだ引き出せねぇし、かといってバリアを解くと瓦礫が降ってきてぺしゃんこだ……。瞬間移動で逃げようとしても、上にいるサイヤ人に見つかりそうだしなぁ)  ガルハッタは迷っていた。探知したサイヤ人、その正体に。知っている気に似ている感じはするのだが、それよりももっと荒々しく、冷たい印象を感じた。だから断言できずにいた。  見つかれば殺されるぞ、と勘が囁く。 (どうする……できるだけ気を抑えて、ここで身を隠しておくかね……)  そう思案するも虚しく。  ――ドッカアァン!  大きな音を立てて、ガルハッタを含めた周辺全てが爆発に巻き込まれた。  視界を塞いでいた瓦礫全てが消え去り、バリアで無事だったガルハッタだけが取り残される。  周囲のものが吹き飛びガランとした空間の中に、上空から一人のサイヤ人が降り立った。 「お前か……。変な気の持ち主は」  砂埃の中から響く、淡々とした喋り口ながらも不機嫌さが滲む低い声。逆立った金色の髪。見下すような冷たい目。  晴れた視界に現れたのは、上裸を惜しげもなく晒した、赤い腰布の衣装を身に纏う少年。  その姿は昔の面影を残しながらも年月の経過を感じさせ、ガルハッタは自分の口の端が上がるのを感じていた。  地下から青空が見えるほどの大きな穴を開けたのは、かつての子供が成長した姿、ブロリーであった。 (まさか本当にブロリーだったとは。お早い再会だことで。しかし、嫌な方向に成長したもんだな……) 「……なんだ、その姿は……」  ガルハッタの姿をまじまじと確認し、ブロリーは不快げに眉をひそめた。 「なぜオレに似ている。しかも、その妙な気……どういうつもりだ……」  ブロリーのこめかみに青筋が浮かぶ。  ガルハッタにはブロリーの疑問に答えようがなく、無言のまま身構えた。 「程度の低い猿真似か? ……ならば今すぐ消えて無くなれ!」  ブロリーの左手に緑の閃光が集まり球状に圧縮された。怒りのままに腕を振り上げ、放つ。  見るからに高エネルギーだとわかるその危険さに、しかしガルハッタは反応が遅れた。 「ぐヴッ!?」    気弾は発動したままだったバリアを貫き、ガルハッタに直撃した。  ズガァアアン!!  大爆発を起こし、地下の壁へと叩きつけられる。 「がはっ! クッ……いってぇ」  バリアが破壊された瞬間に死を覚悟したが、肉体の頑丈さに助けられたようだった。背中から石壁に激突したはずなのに、予想以上に軽いダメージに戸惑う。 (早い……! 目と思考が追いつかねぇ……) 「フン。地べたに這いつくばるしか能が無いゴミか」  ゆっくりと足音が近付いてくる。 (どうする? 俺のバリアは破られる。こっちが気弾を放っても、ブロリーもバリアを使える。……駄目だ、戦闘訓練なんざろくにしたこともねぇ俺が、本気のブロリーを相手にできるわけがねぇ)  解決策が纏まらないまま床に倒れ伏した状態で見上げると、逆光で黒く染まったブロリーのシルエットに覆われた。  頭上に仄暗い目を認めた瞬間、視界を潰すかのように靴底に襲われる。頭蓋からミシミシと音が聞こえた。 「ぐッ! ヴヴぅ……!」 「……不快だ。その姿も、その気も……。その成りで、地面を嘗めているのも……!!」 「ア゙ァッ!!」  更に重圧が掛かり、頭蓋より先に床が陥没した。  スピリットを極めるための修行ばかりしていたガルハッタは、戦闘に関する技術や知恵を何も持っていなかった。  咄嗟の判断力も、反射神経も、戦闘動作の予測も、なにひとつ備わっていない。 (さ、さすがに、ブロリーに殺されるのは、御免だ……!)  それ故、彼が取る行動はひとつだけだった。 「ハアァッ!」 「!?」  バチィッ!  ブロリーと距離を取るために、ガルハッタは無理矢理バリアを展開した。  弾き飛ばされたブロリーはすぐさま態勢を直し、構える、が。 「……いない」  その場には、陥没した床のみが残されていた。  ブロリーは姿が見えなくなった子供の気を探りながら、苛立ちごと奥歯を噛みしめる。 「瞬間移動……。猿真似の分際で生意気な技を……」  拳を握り締めたブロリーはぶわりと宙に浮き、そのまま上空へと高く飛んだ。 「……必ず見つけ出して、殺してやる……」  憤怒の形相で決意を固めるブロリーは、周囲の気を探知しながらあの懐かしい気を探した。  サイヤ人の特徴を持ちながらも、あのヤードラット人に似た静かで捉え所のない気。  ブロリーやパラガスが近付くといつもゆるく波打って希薄になり、そのまま消えてしまうのではないかと、その度に怯えていた。  サイヤ人の重厚な気で蜃気楼のような特徴が消えてしまっているが、それでもあの一点のひずみもない静かな気は、あのヤードラット人からしか感じたことはなかった。  今はいない存在を思い出して、拳が軋むほど握り締める。  期待していたのだ。あの懐かしい気を見つけた時に。もしかしたらと。だからこそ、父親を脅しつけてこの星にやってきたというのに。それなのに。  (オレに似た姿に、あいつに似た気。似ているのに違う、寄せ集めの猿真似野郎……)  脳裏に浮かぶ姿に苛立ちをぶつける。 (……馬鹿馬鹿しい……)  女々しい思考をかぶりを振って追い出し、ブロリーは気の探知を再開した。  この星の住人と比べると、明らかにサイヤ人とわかる大きな気だった。大雑把に探してもすぐに見つかるはず。  上空から地上を見下ろしながらざっくりと周囲を見渡すと、それらしき気配を発見した。木々が密集した山の中へと移動している。  ブロリーはフンと鼻を鳴らし、一直線に目標へと飛び去った。

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2024.11.14(改2025.12.22)