小説

老練ラットは胡坐をかく〔4〕

 ガルハッタが瞬間移動先として選んだのは、周辺にいた見知らぬ原住民だった。目の前に現れるようなミスは避けて、目印となった原住民の真上、上空へと移動するよう調整した。その目論見は当たり、誰にも目撃されることなく安堵の息を吐いた。 「ぬぐぉおお…っ! あったまいってぇ……!」  ブロリーに踏まれた頭を抱えて、まだ続く痛みに悶える。 「容赦なく踏みやがって。サイヤ人じゃなきゃ終わってたぞ」  頑丈さを優先したあのバリアを貫かれた時は死を覚悟したが。どうせ死ぬなら、誰にも気付かれずにひとりで静かに死にたいものだ。できれば痛くも苦しくもない方法で。 (窮地から逃げることはできたが、あの様子だと追いかけてくるだろうな……。今のうちに距離を稼がないと)  瞬間移動を連続で使い星の反対側まで逃げることも考えたが、どうもこの星には気を持つ知的生命体が少ないらしい。人間たちはまとまった場所にいるし、居住箇所も少ない。  今はまだスピリットも未熟で、星の外まで探知を広げることはできない。せめて気を消して走って逃げ隠れようかとも思ったが。  地面に降り立ち走ってみたものの、足の短い幼児では大した距離にならず。それ以前に少し息が乱れただけで肺に負荷がかかり、動けなくなってしまった。ぜひゅーぜひゅーと喉から喘鳴が漏れる。 (虚弱!! いやこれは病弱というべき部類か……!?)  せっかくだからサイヤ人としての本領を発揮しようと思っていたのだが、走ることすら出来ないなら近接戦闘など不可能に等しい。憧れが儚く散った悔しさにぐぬぬと歯を食いしばった。  そして地面に立つと素肌に草がこすれて痛いし寒い。いまだに生まれたばかりの姿で、大事な部分をぶら下げたまま風に遊ばれ、心許ない思いを抱いていた。 (パンツや服なんて贅沢は言わない……せめてタオルが一枚ほしい……)  自分の状況を再確認して涙目になりながら、とりあえず距離を稼ごうと人里から離れて山の方へと飛び立った。  そもそもどうしてブロリーは自分を殺そうとするのか。ガルハッタは疑問に思った。 (いや待て。ブロリーがいるということはパラガスもこの星に来ているのか? 気を探ってみるか?)  低空飛行で雑木林をすいすいと避けながら、いつもブロリーと共に行動していた彼の父親を思い出した。 (いや、探している間にブロリーに見つかるだろうし、そもそもパラガスがいたとして解決するのか?)  今のブロリーはどう考えても、かつてのパラガスより強い力を持っている。抑えることは期待できそうにない。 (ただの感情論だが……。なんとなく、ブロリーには殺されたくなかった)  咄嗟に逃げてしまったが、自分が死んだ方が平穏に終わるだろうという考えはまだ持っている。 (……仕方ない)  だが、今の自分は誰にも求められていない。むしろ、みな揃って命を狙ってくる。この肉体を抱えて生きるのも一悶着ありそうだ。であれば……。  ふぅ、と深呼吸し、ガルハッタはその場で停止した。  目を閉じて、頭と心を空にして神経を研ぎ澄ませる。  考えがまとまれば、覚悟も決まる。  静かに瞼を開いて、空を見上げた。  明鏡止水を体現したまま、ガルハッタは生い茂った雑木林から上空へと抜け出した。そのまま上へ上へと上昇していく。  ガルハッタの気配を追っていたブロリーもその姿を見つけ、自分よりも遙かに高く飛んでいくガルハッタを見上げた。  ブロリーは目を見開いた。天高くへ飛び去る子供の気配が、トレーニングのために瞑想をしていたあのヤードラット人と瓜二つだったからだ。  ブロリーが生きてきた12年の人生の半分以上を共に過ごしていた異星人の姿が、目の前の子供に重なる。 (まさか……いや、だが……)  静かな夜半に一人で気弾を維持し続けている姿。  寝愚図る幼い自分を懐に抱えてあやす姿。  不思議な術で人形劇のような真似事をして、子供の目を楽しませる姿。  戦闘トレーニングにおいては、甘えを許さず厳しく指導していた姿。  父であるパラガスと笑い合い、酒を酌み交わしていた姿。  昔の記憶がフラッシュバックし、ぞくりとした。背筋に冷たいものが走り、ざわざわと不安感が込み上げる。 (どうするつもりだ……宇宙まで逃げる気か?)  例え宇宙空間でも、バリアを張ればしばらくは保つ。しかし、気を使い果たしてしまったらそこで終わりだ。新たな星に辿り着く前に死んでしまうだろう。  今ならまだエネルギー弾が届く。高エネルギーを圧縮し放てば、あの子供もこの手で殺せる……。  だが、ブロリーの胸中には迷いが生まれていた。本当に殺しても良いのか、という迷いが。   「…………」  追え、と第六感が告げていた。そして、こういう勘には従うべきだとブロリーは知っている。  ドンッと一気に気を解放し、ブロリーは凄まじい速度で上昇を始めた。しかし距離は縮まらない。  それどころか、遙か上空にいる子供の気が変化し始めた。いくつもの光の筋が雲の合間から刺し込み、眩しく目を焼く。  光の元は、あの子供の気だ。  サイヤ人の荒々しい気すら鎮静させてみせる技量は、あのヤードラット人を思い起こさせて、ブロリーが抱える迷いがどんどんと膨れ上がっていく。  雲を抜けた先の何もいない空。地上すら雲に隠れて見えなくなり、上空は白く無限に広がっている。  その中で光を帯び、明滅している小さなシルエットを見つけた。子供が放つ光は徐々に強くなり、突然気が膨れ上がった。 「フンッ!」  ブロリーは咄嗟にエネルギー弾を放った。光の明滅と大きく膨れた気が、爆発する予兆に見えたからだ。 「うわっ!」  緑色の気弾は一発二発と目標に当たり、小さな爆発を起こした。子供の小さな悲鳴が響く。  気弾で生まれた煙の中へそのまま突入し、子供がいるだろう場所へと腕を伸ばした。  ガシッと何かを掴む感触と、首が絞まったかのような声が届く。  膨らんでいた子供の気が、急速に減少していくのを感じた。  煙が晴れてようやく確認できたのは、顔面を掴まれた子供が為す術も無くぶら下がっている状況だった。雲を貫くほど放っていた眩い光も消えて、爆発しそうだった気も静かに凪いでいる。 「……お前、今なにをしようとしていた?」  聞かずにはいられなかった。ブロリーの勘が正しければ、そう。こいつは今、自爆しようとしていた。誰もいない上空にまで上がって。 「………………」  何も答えない子供に苛立ち、顔面を掴む手に力が入った。ミシリと音が鳴る。 「あ゛~! いたい! いたい!!」  子供は頭を掴んだブロリーの手を引き外すかのように小さな手を指先にかけて、全身でじたばたと藻掻いた。  大人しくさせるためにブロリーは掴んでいない方の拳を握り締め、その小さな腹に抉るような拳をぶち込む。 「おぇっ」  嘔吐く子供の顔から手を離し、重力に従って落ちようとする子供の尻尾を掴んだ。ぷらん、と上下逆さまになった小さな体が揺れる。  げほげほと咳き込む子供はだらんと手足を投げ出して、尻尾を強く握ると更に顔色を悪くして小さく呻いた。 「……なぜ戦わず自爆を選んだ。やはりサイヤ人に化けているだけの偽物か? ……にしては、尻尾を掴むと動けなくなるようだが?」  ブロリーに捕らえられたガルハッタは、宙吊りになりながら困惑していた。  ブロリーに自爆を止められたこともそうだが、手が届く場所にいるのに殺されず、手酷く嬲られもしない現状にだ。  殴るだけじゃ終わらず、息の根が止まるまで続くだろうと身構えていたのだが。 (んな質問されてもクローンです、なんて馬鹿正直には答えられねぇが。ブロリーは何がしてぇんだ……。弱ったな)  ブロリーはじっと待っていたが、ガルハッタが口を開かないと見ると尻尾を掴んだまま地上へと下降し始めた。目的地があるらしく、迷うこと無く風をきって飛び続ける。  数分後。  宙ぶらりんのまま後ろに流れていく景色を眺めながら気の探知をしていたガルハッタは、ふいに懐かしい気が接近してくるのに気が付いた。いや、自分たちが近付いているのか。  次第に空を飛ぶブロリーのスピードが緩み、地上へと降り立った。そこにはあの見慣れた宇宙船が一艇、停泊していた。  ブロリーの気の放出も収まり、金色の髪が黒くなって逆立っていた髪型も元に戻ったようだった。 (??? どういうことだ。気を放出すると髪の色が変わる? オーラの変質が髪に表れている?)  ブロリーの気から感じていた荒々しさも鳴りを潜め、見知った気に若干のトゲトゲしさを追加したような、そんな気配に変わっていた。  ガルハッタを片手に提げたまま、ブロリーは宇宙船の裏側へと回った。 「ブロリー。戻ったか」  そこにはあのパラガスの後ろ姿と、地面に横たわっている動物が数体あった。  毛むくじゃらだったり、つるりとした肌であったり、どこか見たような形だが見たことがない、この星独自の生命体のようだった。  よく見ると家畜のタグなどが付けられており、どこかの牧場から盗んできたのだろう。  そんな動物達は家畜よろしく、パラガスが持つナイフにより肉の塊になろうとしている。  振り返ったパラガスにガルハッタは違和感を覚えたが、服装も見た目の年齢などもさほど変わりない。強いて上げるなら、手足の傷が増えていることだろうか。 「ちょうどいい。切り分けたものを冷凍室へ運んでくれ。これだけあれば一週間は保つだろう」 「……親父」  動物達とパラガスの傍にある肉の塊を見やったあと、ブロリーは宙吊りのままのガルハッタを目の高さまで持ち上げた。  逆さ状態のまままじまじと観察していたガルハッタだが、持ち上げられパラガスを正面から見ることが出来てようやく気が付いた。  左目を縦断するように大きな傷跡が走っていたのだ。 「こいつなんだ?」 「は?」 「捕まえた」  訝しむパラガスの右目とガルハッタの目が合い、両者とも驚きに目を見張った。  パラガスは尻尾を持っていたブロリーの幼少時代に酷似していることに驚き、ガルハッタは左目を失っているパラガスに驚いたのだ。 「な、なぜブロリーがもう一人……分裂でもしたのか?」 「…………ガルに似た気を探していたら、こいつがいた」  ぎくり、と体が強張った。内心冷や汗が出るほどガルハッタは驚いていたが、困った笑顔で誤魔化した。他二人はガルハッタに注意を向けておらず、気が付いた様子はなかったが。 「飛ばし子のサイヤ人か? にしてはブロリーによく似ているな。……待て、ガルハッタに似た気だと? だからこの星に降りろと言ったのか?」 「…………」 「ブロリー……」 「うるさいその目を止めろ」  抗議のつもりなのか、ブロリーは手に持っていたガルハッタをパラガスに投げ飛ばした。 「ぐぇ」  パラガスの胸元にぶつかり、うめき声と共にべしゃりと地面に落ちる。ただ投げられただけなのでさほどのダメージもなく、ガルハッタは倒れたまま様子を窺うように見上げた。 「もういい」 「待てブロリー」  踵を返したブロリーは一気に気を放出した。立ち昇るオーラから空を飛んで立ち去ろうとするのだとパラガスは察し、待ったをかける。 「この星は食料が豊かだ。今後も補給場所として利用したい。だからあまり暴れるな。餓え死にしたくはないだろう?」 「……フン」  振り向きもせず鼻を鳴らし、ブロリーは一息に飛び去っていった。 「やれやれ。……ブロリーが手荒な真似をしてすまなかったな。立てるか?」 「ん」  パラガスに促されガルハッタは立ち上がった。パラガスは動物を捌く作業を続けるらしく、解体途中の動物の前にかがみ込んだ。 「それで? ブロリーが殺さず連れてきたということは只者ではないのだろう? 話を聞かせてもらおうか」  ナイフで皮をはぎながら、パラガスは背後で作業を眺めているガルハッタに問うた。  5歳ほどのサイヤ人が服も着ずに惑星ベジータから離れた場所にいる。これだけなら飛ばし子のようだが、それにしてはこの星は全くの無傷で、大猿になって暴れた形跡はない。  かといって服を着ていない所を見るに、世話をする人間などはいないようにも思う。月を見る機会がなく、数年間一人で過ごしていたということだろうか。パラガスはそんな推測を立てた。  一方ガルハッタはというと、どこまで説明するか否かで迷っていた。生まれ変わりなどはあまり他言したくはないし、しかしブロリーのクローンだと言ってもいいのかどうか。  何もわからないフリをするのもひとつの手だが、どうせ時間が経つとブロリーとの類似性に気付かれるのだろう、と。 (……いや、そもそもの話。ブロリーとパラガスに再会したからといって、昔のように同行する必要はないな。二人だけでも問題ないようだし、他の星で食料を集めることもできているなら、生活には困ってないだろう)  パラガスは動物の骨から肉をそぎ、ブロック状に切り分けていく。その手際は慣れたもので、一切の迷いがない。  どん、どんと生肉が山積みになっていく様子を見て、この量が一週間分なのか、とガルハッタは戦慄した。  ブロリーが成長したからか、食料の量も昔より増えている。サイヤ人の胃袋怖い。 「何も話せない、か?」  黙ったままのガルハッタを背に、パラガスはそう呟いた。 「であれば、ブロリーがいない間に消えてくれ。お前とガルハッタにどんな関係があるのかは知らんが。あまりブロリーを刺激してくれるな。面倒なことになる」  パラガスの赤裸々な言葉に、ガルハッタは目を細めた。

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2024.11.21(改2025.12.24)