小説

老練ラットは胡坐をかく〔6〕

 一方その頃、ブロリーは空を飛びながら地表を見下ろしていた。  甘い香りが地上から漂い、その匂いに誘われて見渡せば、一面が緑に覆われていることに気が付いた。緑の中にポツポツと存在する白と紫の花。  大きな花弁を広げている紫色の花が甘い匂いの発生源らしい。  高度を下げて観察すると、花弁の中央に瑞々しい透明な果実が実っていた。そこから蜜のような果汁が滴っている。  花から緑のツタが大量に広がって、数多くの大輪の花が地面を覆い隠していた。まるで絨毯のように、付着根が四方八方に伸びている。  人間の住処が植物に襲われて、廃墟になっている場所もある。建物に張り付いているツタは人間の腕のように太く、ツタの中心にある花は一本一本が木のように大きい。 (……妙な気の群れはこれか……。植物だと遊びにもならんな)  この星の人間以上の気を感じてやってきたが、その気の持ち主が知能のない植物であるなら、暴れる気にもならない。  ブロリーにとっては虫のように小さい気だが数が多く、まるで視界を埋め尽くす羽虫のような有様だ。  相手が人間でないなら力を振るっても面白い反応は期待できないし、ここまでの数だと流石に面倒さが勝つ。  暇潰しも諦めて宇宙船に戻ろうかと踵を返した、その時。  ビスッ!  地上から物凄い速さで飛んできた何かを、ブロリーは反射的に手で受け止めた。  種だ。  細く先が尖った黒い種が、ブロリー目がけて飛んできたのだ。  下へ視線を向けると、白い花弁がドレスのように重なっている重厚な花が見えた。  ブロリーを標的に、次なる弾を装填するため丸く膨み、脈打っている。  ぶしゅっ!  弾けるような音とともに、次の種が放たれた。  しかしブロリーは避けることすらせずに、飛んできた種を体で受け止めた。  ビスッ! と肌を叩く音が響く。種はブロリーの肌にかすり傷すら付けられず、落下した。 「……オレに喧嘩を売っているのか?」  ブロリーがそれらをただの植物でなく敵だと認識を改めた、その時。  周囲の白い花々が一斉に膨らみ、無数の種が集中砲火の如く殺到した。 「ハァ!」  ブロリーの気が一瞬で膨れ上がった。  爆発的に広がった気の衝撃で、接近していた種が一瞬で燃え尽きる。  墨となって消えた残骸を背景に、白い花は次々と丸く膨らんでいた。  まるで次の一手を準備するように。地面を這っていた長いツタがメキメキと音を立てて土から剥がれ、鞭のようにしなり跳ね上がった。  一本、また一本と、ブロリーを包囲するように空へと伸び上がる。  地面が振動しているかのような地響きを立てて、ツタが凄まじい勢いでうねった。蛇が自らの意思で絡み合うような動きで、複数のツタがお互いを支え合っている。  その様子を見て、ブロリーは僅かに眉をひそめた。  このまま留まれば周囲をツタで囲まれて、鳥カゴのように囚われることになりそうだと、最悪の未来がブロリーの脳裏によぎった。  そんなツタの影に隠れて、四方から種が飛んでくる。 「鬱陶しい……」  あれを受けたところで痛くも痒くもない。  ブロリーは飛んでくる種を無視して、徐々に包囲し始めたツタへ意識を向けた。  上空にはまだツタが届いておらず、大きな穴がぽっかりと空いていた。ビシビシと体を叩く種に苛つきながらも、ブロリーは飛び上がるように急上昇した。  しかし。  ガクン、と何かに阻まれるようにブロリーの動きが止まった。 「なんだ……?」  視線を下げると、足元に細いツルが巻き付いていた。 (いつの間に……)  振り払わずにそのままにしていた種が衣服にくっついたまま急速に発芽し、細長いツルになって周囲のツタへと伸びている。  種は次々に発芽し、足をツタへと繋ぐ拘束が増えていく。周囲の囲いも徐々に完成に近付き、次第に穴が小さくなっていった。 「……面倒な」  キュゥンと緑色の閃光が円状にブロリーの左手に集まり、エネルギーが収縮する。指でつまめるほどの小さなそれを足下へ投げ捨てようと、ブロリーは無造作に腕を振るおうとした――が。  ブロリーの動きがピタリと止まった。緑色の気弾を手のひらで静止させたまま、じっと眼下でうごめく花々を見やる。 (……植物などの自然破壊は、暴れる勘定に入るのか?)  ブロリーは直前でパラガスのお小言を思い出した。  パラガスは普段からよく言っていた。感情的になるな、闇雲に暴れるな、敵を作る行動を控えろ、と。  癪ではあるが、パラガスの小言は全て正しいとブロリーは理解していた。  サイヤ人は頑丈で戦闘力が高く、そう簡単に手傷を負うことはない。しかし、パラガスの鍛え上げられた手足には年々傷が増えていく。その傷を刻んだのは、破壊の限りを尽くしていたブロリーだ。  少しばかりの罪悪感などもあり、パラガスの傷が増える度に、ブロリーは言いつけなどを出来るだけ守るよう意識し始めた。  しかし頭に血が上ると我を忘れてしまうことが多々あり、冷静になってから気まずくなり、姿をくらますということも度々あった。  パラガスの左目もその内の一つだ。  制止の声を上げたパラガスが、ブロリーを羽交い締めにしようとした。  それを、振り払っただけのつもりだった。  超サイヤ人の力で振り抜いたブロリーの肘が、運悪くパラガスの左目を奪う形になったのだ。  その時はパラガスの邪魔がなくなり清々とした気分だったが、破壊衝動が収まり我に返った後、左目が潰れたパラガスの顔を見てブロリーは愕然とした。  ――そんなつもりはなかった。  しかし、やってしまったのは事実だ。  動揺から動くことができなくなったブロリーに、パラガスはいつものように小言を飛ばした。  ――ブロリー。サイヤ人としての本能に振り回されず、力を制御する術を身に付けるんだ。でなければ、いずれ自らの身を滅ぼすことになるぞ、と。  今回は餓死という言葉でいつも以上に釘を刺され、ブロリーは少し慎重になっていた。 (この星で食料を調達する……ならば人間や動物、果物が生る植物にも手出しできない……。だが、この植物は食えるのか……?)  見るからにうねうねと動いている花々だが、紫の花には甘い匂いを放つ果実が実ってはいる。  透明で柔らかそうな実の中心には光輝く種のようなものが見えているが、逆にこちらを捕食しようとしているかのように、ツタでぐいぐいと引っ張られている現状。 (廃墟の様子を見るに人間とは共存できない植物だと思うが…………どうする……)  攻撃するか否か悩んでいる間に天井の穴は全てツタで覆われ、ブロリーを囲う巨大な蔓籠が出来上がってしまった。  包囲されて終わりかと思いきや、蔓籠全体が急速に縮小し始めた。まるでブロリーを押し潰すことが目的かのように、どんどんと狭まり空間がなくなっていく。 「チィ」  ブロリーはそのままにしていた左手の小さな気弾を、迫ってくる壁に投げつけた。  ドォオン!!  目と鼻の先で爆発し爆風と煙に煽られる。焦げた草木の匂いを感じながら顔を庇っていた腕を外すと、蔓籠の一部に焼けた跡が出来ているのを発見した。  正確には、ツタを焼いて穴を開けることは成功していたが、外へ繋がってはいなかった。蔓籠の更に外側に新たな蔓状の壁が増えており、包囲が厚くなっていたため貫通することは出来なかったのだ。 「なんだと……?!」  ツタの勢いは弱まることなく、ブロリーが囚われた内部空間を浸食した。外側からも新しいツタが巻き付き、壁が二重三重四重と重なり、まるで球体のように分厚くも頑丈に包まれていった。  地上から見れば、それはまるで巨大な繭。球体からは地面へと伸びるツタがぴんと立ち、ブロリーの姿は植物に隠され完全に見えなくなった。  ぺっぺぺ~~~ぺぺぺぺっぺぺ~~~♪  その笛の音色は、発生源である宇宙船から大音量で垂れ流されていた。明るく軽快な音色だが、奏でる機械は相当に古いのだろう。素人が作った楽器のように、ところどころ音が外れていた。 「おお~! なんだあれ! 見ろ見ろ! 新種の花が生えてるぞ!」  宇宙船の中から外を窺っていた異星人が、繭状に絡まった蔓を指差して歓喜の声を上げた。 「でっけ~~! まんまるだ~~! でも花は見当たらないぞ~?」  隣で同じように外を覗いていた瓜二つの異星人も、同じく子供のように歓声を上げる。  二人して嬉しそうに、年季の入った宇宙船の小さな窓ガラスへと、押し合うように顔を覗かせていた。 「ばっか! これから咲くんだよ!」 「じゃあ、あのでっけぇのが蕾なのか?」 「そうだ!」 「すげぇや! やったな兄ちゃん!」 「あれは高く売れるぞ! やったな弟!」  二人で手を取り合い、輪になって飛び跳ねた。宇宙船から流れる笛の音に合わせて、ダンスのように踊り笑い合う。  二人は兄弟だった。  宇宙間の星々を定期的に巡り、“商品”を探しては略奪を繰り返す強盗商人だ。  安全確認の上でゆっくりと着陸し、二人は揃って宇宙船内に乗せていた小型飛行機に乗った。逸る気持ちのまま、空へと飛び出す。 「いつ見ても綺麗な花だな~~美味しそうな匂い~~」 「ばっか! 気を付けねぇと死ぬぞ! 今のうちに防護服着とけ!」 「そうだった!」  弟は手に持った厚手の防護服を身に着けた後、兄が防護服を着る間の操縦桿を握った。  綺麗な見た目で騙されそうになるが、ここにある大きな花はすべて、殺人花なのである。  観賞用として希望する客もいれば、誰かを殺すために希望する客もいる。大人気商品なのだ。 「捕獲用カプセルはいくつある?」 「五つ!」 「じゃああの新種を一つと、白と紫の花を二つずつ持って帰ろう」 「ラジャー!」  ドドドドド、と怪しげなエンジン音を響かせながら、二人を乗せた飛行機は空高くを旋回する。  植物の種や蔓が届かない距離をすでに把握しているからだ。  弟が手持ちの小さなカプセルを五つ取り出す。それらを無造作に、目的の花の真上に落としていった。花弁へとカプセルが触れた瞬間。  ――バキバキバギッ! ズゾゾゾッ!  カプセルが自動で半分に割れて、巨大な花は根こそぎ吸い込まれてしまった。  土ごと吸い込まれたのか、地面にはえぐり取ったように巨大な穴が残された。その穴に、小さな青いカプセルがポトッと落ちる。  半分に割れていたカプセルは中身を密封するように、綺麗な楕円へと戻っていた。 「よし、不良品には当たらなかったな。カプセルを回収したら最後はあの新種だ!」 「ほい回収~」  ごそごそと取り出したのは、人の頭もあろうかというほどの大きな磁石。それを飛行機から身を乗り出して地面へと向ける。  すると。地面に落ちたはずのカプセルが、磁石に吸い寄せられ飛んできた。ピタっと四つ、磁石に抱き付くようにくっつく。 「オッケー! 四つとも戻ってきたよ!」 「じゃあ移動だ。行くぞ!」  正常に動いているか怪しいエンジン音と灰色の煙を吐き出しながら、二人を乗せた飛行機は巨大な繭へと近付いた。もちろん距離をとりつつ、更に高度を上げる。  そうしてカプセルが届くまで距離を詰めた時。  メキメキメキッ!  なめらかな曲線を描いていた繭の一部が、突起状に隆起した。 「ぎゃあ! 蕾に角が生えたぞ!!」  ドン! メキメキッ! ドン!! 「なんだなんだ? 中に何かがいるのか?!」  球に近い形だった繭状のものは、内側からの衝撃で見る間にボコボコに変形していく。 「あわわわわ……」 「よくわからんがカプセル寄こせ早く! 捕まえるぞ! 猛獣捕獲用カプセル! 何がいるのかわからんが絶対高く売れる!!」 「で、でもこれ最後の……。高いから使うなって……」 「いいから早く! 催眠ガス入りのやつ!」 「う、うん」  弟が取り出していた赤いカプセルを渡すより前に奪い取り、カプセルに書かれてある小さな注意事項をじっと注視した。 「使用期限切れてないよな! な、投げるぞ……!!」  赤いカプセルに握りしめ、飛行機から身を乗り出して見下ろす。  植物は現在も内側から膨張するように形を変化させており、絡みあった外側のツタはブチブチと力任せに引き千切られている。  兄弟は緊張に汗を流して生唾を飲み込んだ。  そして。  やけくそのように投げられた赤いカプセルは宙を舞い、重力に従ってツタの塊へと接触した。

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→2024.12.11(改2026.01.12)