小説

老練ラットは胡坐をかく〔7〕

「うん、いいじゃないか」  近くの民家で服をもらったガルハッタは、川辺で体をほぐしながら動きやすさの確認をしていた。  家の中で過ごしていた原住民の女性からは不思議そうな目で見られたが、それでも幼い子供が裸でいることに不憫さを感じたのか、子供の古着を手渡してくれた。 『死んだ子供のものだから返さなくてもいいよ、大事にしておくれ』  と、わざわざ尻尾用の穴を作りながら寂しそうに笑っていた女性の顔を思い出す。 「…………あったけぇなぁ」  パラガス、ブロリー、この星の武装兵や科学者、転生する前、と。困惑することばかりが続いていたガルハッタには、その優しさが深く染み入った。  古めかしく布も薄い。お世辞にも良い服だとは言えないものだが、ガルハッタは手仕事らしき刺繍を指先で撫でて、わずかにまなじりを緩めた。 「さて。笛の音はどこに行ったかねぇ……ん?」  笛の音を探すと同時に気の探知を始めると、遠方で動く気の塊を発見した。  大きい気の持ち主ではなく、小さな気が数多く列を作って伸びているようだった。  空を飛んで近付き、気付かれないように距離を保ったまま観察する。  どうやら同じ姿の人間が数十、いや百か二百ほどの人数が二列に並び、歩いているようだった。  大きく頑丈そうな乗り物もいくつか同行しており、武器なども装備している。 (科学者を捕まえた、あの時の武装した兵たちと同じ服装。この星の戦闘兵か? 何に向かっている)  気の探知を広げると、長い列が向かう先には密集した気の群れが存在していた。民家を取り囲むように大量にあった、あの妙な気だ。 (密集した気の範囲が広い。まさかこの星……)  嫌な想像に追い立てられるように、ガルハッタは一気にスピードを上げて、整然と進む長い列を追い抜いた。  そうして見えてきたのは、植物に侵略され、緑で覆い尽くされた地平線だ。  視界全てが緑、白、紫に染まり、所々に灰色や茶色の建造物が埋もれて廃墟になっている。 「この花は……そうか。ここは、惑星コスラか」  紫の花から甘い香りが漂い、高度を下げて近付くと花の多さから匂いが濃密になっていく。  ブシュッ!  耳に届いた発射音から、咄嗟にバリアを張った。バチッと、飛んできた小さな種はバリアに阻まれ燃え尽きる。  甘い香りは花の中心に実った透明な果実から、種は白い花から発射されているようだ。 (紫の花には宝石が生成されるんだったか)  バリアを維持したまま、更に巨大な紫の花弁に近寄った。  頭と同じ大きさの果実はぷっくりと瑞々しく、更にその中に小さな輝きがあった。目玉のように丸く、しかしオーロラを連想させる虹色に光る石。 (なるほど。この大きさの宝石なら需要が高いのも納得できるが……)  ガルハッタが紫の花を観察している間も、バリアにはビスビスと種が当たり続けていた。白い花から伸びる蔓が幾本も巻き付こうとして、バリアに阻まれては焼け落ちている。  周囲をぐるりと見渡しながら、気の探知を再開した。 (この様子だと、星の半分は占領されているな)  ガルハッタへの伸びてくる蔓を観察し、思考する。植物に目はない。いったい何を基準にして判断しているのか。 (視力、聴覚、臭覚、温度……あとは)  試しに気弾を空へと打ち上げる。すると、バリアに群がっていた蔓は全て、気弾を追いかけるように空へと伸びていった。  バァン! と気弾が爆発するのに巻き込まれて、焼け焦げた蔓はボトボトと落ちてくる。 (生物のエネルギーを吸収し繁殖する、ということか。他の生物と共存できない。殺傷力も高い。噂通り危険だねぇ)  気の探知を維持しながら、蔓が届かない上空へと上がり移動を再開した。  探知できる範囲全てが植物に染まり、他の生物の気は感じられない。 (この量を取り除くのは流石に骨が折れそうだ。殲滅できたとしても、星へのダメージも計り知れん)  豊かな環境が乗っ取られるのは惜しいが、豊かだからこそ、ここまで増えて育ったともいえる。 (……笛の音はまだ聞こえねぇな。気の探知じゃ音は引っ掛からねぇし。だったら……)  気の探知を中断し、自らの耳へと気を集中させて能力を高める。  ――【遠聴】  キン、と一瞬の耳鳴りを合図に、静かだったはずの周囲から大音量が届き始める。  草木を揺らす風の音。花弁同士が擦れる音。蔓同士が絡まる音。自身の心臓の音すらも。  そんな自然の音に紛れて、聞き覚えのある音色が響いた。 「あっちか」  間抜けな音を視線で追いかけるように確認し、一気に飛び立った。  ツタに閉じ込められたブロリーは、その内部から全体重を乗せた拳で何度も殴り続けていた。  気弾を撃ってもダメージはあまり見えず、逆にエネルギーを求めるかのように細い蔓が近付き空間が狭くなる。それに気付いてからは、苛つきに任せて腕を振り抜く、という行動を繰り返していた。 「チッ……頑丈な……」  同じ場所を何度殴っても、穴を掘ったように深くなるだけで貫通できない。  閉じ込められてすぐに両手でツタの壁を掴みこじ開けようとしたが、何故だかエネルギーが吸い取られるような感覚がして中断したのだ。 「……もう知らん」  ぶちり。堪忍袋の緒が切れた。  我慢の限界を越えたブロリーの怒りに呼応し、膨大な力の奔流が狭い空間で巻き起こった。  まるで黄金色に怯えたかのように、ツタは立ち上るエネルギーに押されて距離が広がり、空間内を広げていた。  ブロリーの手のひらに緑色の光が集まり、常人ならば震え上がるだろう高エネルギーを圧縮し始めた、その時。  ツタの壁の隙間をすり抜けるように、ピンク色の煙が内部へと侵入してきた。 「なんだ……」  植物とは違う薬品めいた匂いと、濃いピンク色。煙かと思ったが、匂いが強いだけで別物にも見えた。  視界がピンク色に包まれる。それだけだ。毒でもなければ刺激物でもない。 (ただの煙幕か……――?)  突然の煙幕に何故、と疑問に思うと同時に、瞼が重くなった。頭の中が白くぼやけて、目を開けていられなくなる。 (ねむい――さいみ、ん……)  強烈な眠気に襲われて、怒りは完全に消えてしまった。身に纏っていた黄金色の気は空気中に四散し、ブロリーの逆立った髪は黒髪に戻っていた。  背後のツタにもたれるように脱力し、ずるりと全身から力が抜ける。  眠りへと入ったブロリーに情け容赦なく、ツタ内部の細い蔓が幾本も絡みついた。そして、捕らえた目的であった生体エネルギーを吸い尽くしにかかるのだった。  ブロリーは、昔からとにかく眠気に弱かった。  寝起きが悪く、暇さえあれば寝る。いわゆるロングスリーパーと呼ばれるもので、眠気にあらがったことは一度もなかった。  兄弟が催眠ガス入りのカプセルを選んだのは偶然だが、結果的に彼らは生き延びることができた。  そしてだからこそ、別の恐怖を味合うことになる。  カプセルからピンク色の催眠ガスが放出されて数秒後。植物の塊から響いていた打撃音は鳴りを潜めていた。  ガスを出し切ったきっかり10秒後。  沈黙していた赤いカプセルが半分に割れて、凄まじい吸引力で一瞬のうちにピンク色のガスと植物の塊を回収してしまった。 「や、やった……捕まえたぞ……!」 「す、すごいよ兄ちゃん……!」  兄弟二人は固唾を飲んで身を寄せ合っていたが、赤いカプセルが仕事を全うしたのを見てようやく、安堵の息を吐いた。  いまだに震える体を動かし、赤いカプセルを拾い上げるために磁石を取り出す。  そうして、正体不明の猛獣を閉じ込めた特別製のカプセルは兄弟の手へと戻ったのだった。 「これで俺らも大金持ちだ……!!」 「すごいよ、兄ちゃん……!」  手の中に感じる重さと、赤いカプセルに表示された『内容物:生物』という記載。  じわじわと緊張がほどけて、二人で喜び合おうと笑顔を向け合った、その時。 「それ。俺にも見せてくれねぇか? その中身を」  背後から、声がかけられた。  飛行機で空を飛んでいる自分達に、肉声で、だ。  ひゅっと息が止まり、収まりかけた緊張が一気に張り詰める。  ドドドドド、と鳴り響く古いエンジン音に重なるように、兄弟の心臓も急速に跳ね上がった。  子供の声だ。滑舌が甘く、けれど静かな声音。  まるで錆びてしまったかのように動かない体を無理矢理動かし、おそるおそる振り返った。 「不思議なことにな。知り合いの気配を感じるんだわ。そのちぃさなカプセルから」  そこにいたのは、小さな子供だった。  優しげな笑顔を浮かべた、穏やかな喋り方をする子供。  乗り物も、翼を持つ動物も、道具も持っていない。それなのに、空に浮かんでいる。  それは兄弟にとって、不可解で異常な姿だった。 「そのカプセルは拾いもんかい? それとも――お前さんらのものか?」  目が、笑っていない。  それに気付いた途端、ぞわりと全身の鳥肌が立った。気付いていない弟ですら、恐怖で喉が痙攣している。 (どうするどうするどうするやばいこわいなんだこいつこわい渡すのかこれをでも売れば金持ちにでもしにたくな――)  赤いカプセルを握った拳が震える。考えがまとまらない。  恐怖のあまり反応のない兄弟を眺めて、子供はゆっくりと首を傾げた。漆黒の目が、全てを見通すように細められる。 「――なるほど。金が目的か」  息が止まった。 「だだだだって、だってだって……!!」  弟の怯えた声が聞こえる。  子供の小さな手がひたり、と兄弟が乗っている飛行機の装甲に置かれた。  瞬間。  ――ガポボボッ!  兄弟は水の中にいた。  二人の口から空気の泡が漏れる。  優雅に泳ぐ魚が目の前を横切った。  目が沁みる。  服がまとわりついて重い。  実力を発揮できない飛行機が動かない重石となった。  状況を把握できず座席ベルトを外せない。  更なる水の底へと沈んでいく。  苦しい。  全身が冷たい。  兄弟の脳内に、死の一文字が浮かんだ。  二人が足掻くのを諦めた瞬間、重力が戻った。  飛行機と共に床に叩きつけられて、その衝撃で飲み込んだ水が吐き出された。 「おえっ、げぼっ」 「げっ、げぼっ、うぇ」  泣きながら空気を吸い込み、咳き込む。  混乱してなにがなんだかわからなかったが、助かった、という考えで兄弟の脳内は満たされた。 「提案がある」  子供が目の前にいた。  ずぶ濡れの自分達とは違い、一滴の水すらもかかっていない服。恐怖も苦しさも混乱も感じていない、穏やかな表情。それが兄弟を見下ろしていた。 「これ、俺がもらってもいいかい?」  子供が差し出した手のひらに、赤いカプセルが乗っていた。 「あっ」  水中で藻掻いている時に、握っていた拳を開いたのだろう。猛獣捕獲用のカプセルは兄弟の手から無くなっていた。 「そ、それ……俺たちの……」 「このカプセルの中身を俺に譲ってくれるなら、これ以上は何もしない」  とん、と飛行機に指先を当てて、子供は周囲を見渡した。  それにつられるように、兄弟も視線を動かした。  そして息を飲む。横からはひっと引き攣った声が聞こえた。  いまだ、水中だったのだ。  球状の薄い膜に包まれたまま水の中に沈んでいるような、不可思議な景色。  頭上からは明るい光が差し込み、揺れ動く水面が見える。薄い膜の向こう側では魚が泳ぎ回り、足元は更に暗く深い。 「うわぁあああ!!」  弟は悲鳴を上げて、飛行機に登り抱き付いた。  兄自身もさきほどの溺れた恐怖が残っていたが、それよりも子供への畏怖が強かった。  子供から、飛行機から距離を取るように後退りする。 「おっと、あまり俺から離れない方がいい。太陽の下へ戻れなくなるぞ」  ぴたり、離れようとした体が止まる。 「で? 答えはまだかい? それとも」  一拍、言葉を止めた子供は目を閉じ。  そして目を開けた。 「――無惨な姿になりたいか?」  それは、怒りとも悲しみとも、何かを耐えているようにも読み取れる、悲痛な表情であった。

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2026.01.16