小説

老練ラットは胡坐をかく〔7〕

 考えてもみなかったのだ。まさか、再び三人で旅をする選択肢があるとは。  培養槽の中でもずっと、クローンという特殊な生まれでどう生きるのか考えてきた。  自分が下手に動けば、オリジナルであるブロリーにしわ寄せが行くかもしれない。  閻魔様が懸念していた不安要素もある。  誰も傷付けず真っ当に生きていく責任が、昔以上に発生する。  あまり自由に動けないかもしれない。  そう思うと、第二の人生を楽しもうなどという気にはなれなかった。  以前は責任や人間関係など全て投げ出して、自由を謳歌するために宇宙船で一人放浪していた。  好きな時に好きなことができる。何をしても邪魔されず、振り回されず、やりたいことに集中できる。最高の人生だった。  そんな自分がパラガスとブロリーを拾ったのは、二人が宇宙空間を生身で漂っているのを発見したからだ。  宇宙空間でバリアを試すなど正気の沙汰じゃない。しかし、二人はバリアに守られて生きていた。その時、バリアの利便性と可能性を初めて知ったのだ。  他者と関われば未知との遭遇ができる。  目が覚めたような思いだった。  二人のサイヤ人と過ごし、赤ん坊のブロリーが育っていく姿を見守り、振り回される幸福というものが存在することを知った。  パラガスに信頼され、しかし遠慮される寂しさを知った。  家族、というものは、こういうものなのかもしれないと、こそばゆい感覚を初めて感じた。  それは、自由は少ないけれど、最高な人生だった。  ブロリーとパラガスが、クローンである自分の存在を許容してくれるなら。三人で行動するのも悪くはない。  けれども――。 「……ブロ゛リーは゛、お゛れが一゛緒でも、平気?」  オリジナルである当人の意見を聞かずにこんなことを決めても良いのか、ガルハッタは不安に思った。 (殺されかけたり自爆を止められたり、正直ブロリーの考えていることがよくわからん)  しかしパラガスは立ち上がり、天を仰いで目を細めた。 「ブロリーか……。たぶん大丈夫だと思うぞ」 「どう゛して゛?」 「ガルハッタに似た気を探していたらお前がいた。ブロリーにとっては、それだけで充分だろう」 「…………」 「お前には理解しづらいかもしれないが……ブロリーにとって、ガルハッタという人物がそれほど大きな存在だったということだ。お前がいれば、ブロリーも少しは落ち着くかもしれない。……ただの希望だがな」 (初耳なんだが……)  確かにブロリーと接している記憶は多かった。  宇宙船で暮らしていたのだから当然毎日顔を合わせていたし、気が付くとすぐ近くにいて、ガルハッタの衣の端を遠慮がちに握りながら、作業を覗き見したりしていた。  赤ん坊の頃から一緒ではあったから、ブロリーにとってはパラガスと同じくらい近しい存在だったのかもしれない。 (意外に好かれてたんだな……)  ちょこちょこと後ろをついてまわっていた小さなブロリーを思い出すも、ついさっき会った大きなブロリーが同じように懐く姿が思い浮かばず、少し混乱した。 (そういや、俺が死んでから何年経ってんだろ……)  培養槽にいたのは四、五年くらいの感覚だったが。  パラガスと並ぶほどに成長したブロリーを見ると、もっと時間が経っているような気もする。 「さて、長話は後だ。肉を冷凍庫に片付けよう。長く置くと傷んでしまうからな」  パラガスは解体済みの生肉を一抱え持つと、宇宙船のリモコンを操作し搭乗口の扉を解放した。 「運ぶのを手伝ってくれないか? 報酬として服をやろう」 「ん゛」  ガルハッタは残った生肉をすべて気で包み浮遊させ、自身も空中に浮いてパラガスに続こうとした。  が。 「なんと……。飛ぶだけでなく、物を浮かせることもできるのか?」  驚き瞠目したパラガスを見て、ガルハッタは自分のしでかした事にハッとした。何も考えずに以前と同じ行動をしてしまった。 「ガルハッタも同じように物を動かしていたが、相当なコントロールが必要な技術だぞ」  確かに、小さな子供ができる芸当ではない。  パラガスやブロリーに教えたこともあったが、飛ばしすぎて荷物を壁にぶつけたり、浮かせる最中に上下逆さまになってコップの中身がこぼれたり、力を入れすぎて皿が割れて粉々になったりと、散々な様子で。  結局二人とも、浮かせるよりも自分の手で運ぶ方が楽だと結論付けていた。 「なるほど……。ガルハッタに似た気ということは、得意なことも似る傾向にあるのか?」  納得できる理由が見つかったらしいパラガスはひとり頷き、さあこっちだ、と誘導しながら宇宙船へと歩み出した。  ガルハッタも内心冷や汗をかきながら、それに追従する。 (やべぇな。無意識に昔と同じ行動して、いずれバレれる未来が容易に想像できるぞ。どうせバレるならこっちから言った方が印象良いかもしれん)  行きずりの他人には隠すとしても、パラガスとブロリーの二人には打ち明けてみようかと思案した。  パラガスとブロリーは正直に言って、物事を深く考えない質だ。  二人が知らないことをガルハッタが掻い摘まんで説明すると、何の疑問も持たずにそっくりそのまま呑み込む親子なのだ。生まれ変わりだと告げたところで、そういうものか、と納得してしまうだけだろう。  疑念が湧かないほど信頼されていると言えば聞こえはいいが、あれは考えるのが面倒臭いと思っている人種だ。パラガスはともかく、ブロリーは確実にそうだろう。理解力はあるので馬鹿ではない、ただひたすら興味がない、というのがブロリーに対する、ガルハッタとパラガスの見解だった。ともあれ。 (今後も一緒に行動するなら隠蔽すんの面倒臭ぇし……。どんな反応されるのか、ちぃと怖いがなぁ)  今後の方針に修正をかけながら、ガルハッタは扉と一体になった階段を浮かんだまま上り、久しぶりの宇宙船内へと乗船した。  ◇  ◇  ◇  一方その頃、ブロリーは空を飛びながら地表を見下ろしていた。  甘い香りが地上から漂い、その匂いに誘われて見渡せば、一面が緑に覆われていることに気が付いた。緑の中にポツポツと存在する白と紫の花。  大きな花弁を広げている紫色の花が甘い匂いの発生源らしい。高度を下げて観察してみると、本来なら雌しべ雄しべがあるだろう花弁の中央に、瑞々しい透明な果実が実っており、そこから蜜のような果汁が滴っている。  その花から緑のツタが放射状に広がっているようで、数多くの大輪の花が地面を隠すかのように、大量の付着根を伸ばしているようだった。  人間の住処が植物に奪われて廃墟になっている場所もあり、建物に張り付いているツタは人間の腕のように太く、ツタの中心にある花は一本一本が木のように大きい。 (……あいつ以外に感じた複数の妙な気はこれらか……。植物だと遊びにもならんな)  この星の人間以上の気を感じてやってきたが、その気の持ち主が植物であるなら、暴れる気にもならない。ブロリーにとっては虫のように小さい気だが数が多く、まるで視界を埋め尽くす羽虫のような有様だ。  相手が人間でないなら力を振るっても楽しくはないし、ここまでの数だと流石に面倒さが勝つ。  暇潰しも諦めて宇宙船に戻ろうかと踵を返した、その時。  ビスッ!  「!?」  地上から物凄い速さで飛んできた何かを、ブロリーは反射的に手で受け止めた。  種だ。細く先が尖った黒い種が、ブロリー目がけて飛んできたのだ。  下へ視線を向けると、白い花弁がドレスのように重なっている重厚な花が見えた。  ブロリーを標的に、次なる弾を装填するため丸く膨み、脈打っている。  ぶしゅっ!  弾けるような音とともに、次の種が放たれた。しかしブロリーは避けることすらせずに、飛んできた種を体で受け止めた。  ビスッ! と肌を叩く音が響く。種はブロリーの肌にかすり傷すら付けられず、落下した。 「……オレに喧嘩を売っているのか?」  ブロリーが、ただの植物でなく敵だと認識を改めた時。周囲の白い花々が一斉に膨らみ、無数の種が集中砲火の如く殺到した。 「ハァ!」  ブロリーの気が一瞬で膨れ上がった。  爆発的に広がった気の衝撃で、接近していた種が一瞬で燃え尽きる。墨となって消えた残骸を背景に、白い花は次々と丸く膨らんでいた。  まるで次の一手を準備するように。地面を這っていた長いツタがメキメキと音を立てて土から剥がれ、鞭のようにしなり跳ね上がった。一本、また一本と、ブロリーを包囲するように空へと伸び上がる。  地面が振動しているかのような地響き音を立てて、ツタが凄まじい勢いでうねった。蛇が自らの意思で絡み合うような動きで、複数のツタがお互いを支え合っている。  その様子を見て、ブロリーは僅かに眉をひそめた。  このまま留まれば周囲をツタで囲まれて、鳥カゴのように囚われることになりそうだと、最悪の未来がブロリーの脳裏によぎった。  ツタの影に隠れて、四方から種が飛んでくる。 「鬱陶しい……」  あれを受けたところで痛くも痒くもない。ブロリーは飛んでくる種を無視して、徐々に包囲し始めたツタへ意識を向けた。  上空にはまだツタが届いておらず、大きな穴がぽっかりと空いていた。ビシビシと体を叩く種に苛つきながらも、ブロリーは飛び上がるように急上昇した。  しかし。ガクンと何かに阻まれるようにブロリーの動きが止まった。 「なんだ……?」  視線を下げると、足元に細いツルが巻き付いていた。 (いつの間に……)  振り払わずにそのままにしていた種が衣服にくっついたまま急速に発芽し、細長いツルになって周囲のツタへと伸びた。  種は次々に発芽し、足をツタへと繋ぐ拘束が増えていく。周囲の囲いも徐々に完成に近付き、次第に穴が小さくなっていった。 「……面倒な」  キュゥンと緑色の閃光が円状にブロリーの左手に集まり、エネルギーが収縮する。指でつまめるほどの小さなそれを足下へ投げ捨てようと、ブロリーは無造作に腕を振るおうとした――が。  ブロリーの動きがピタリと止まった。緑色の気弾を手のひらで静止させたまま、じっと眼下でうごめく花々を見やる。 (……植物などの自然破壊は、暴れる勘定に入るのか?)  ブロリーは直前でパラガスのお小言を思い出したのだ。  パラガスは普段からよく言っていた。感情的になるな、闇雲に暴れるな、敵を作る行動を控えろ、と。  癪ではあるが、パラガスの小言は全て正しいとブロリーは理解していた。   サイヤ人であるパラガスは並みの人間より戦闘力が高く、そう簡単に手傷を負うことはない。しかし、彼の鍛え上げられた手足には年々傷が増えていく。その傷を刻んだのは、破壊の限りを尽くしていたブロリー。  少しばかりの罪悪感などもあり、パラガスの傷が増える度に、ブロリーは言いつけなどを出来るだけ守るよう意識し始めた。  しかし頭に血が上ると我を忘れてしまうことが多々あり、冷静になってから自分が仕出かしたことを思い出して、後悔したり蒼ざめたりという経験が度々起こった。    パラガスの左目もその内の一つだ。  制止の声を上げながらやって来たパラガスが、ブロリーを背後から羽交い締めにしようとした。それを振り払っただけのつもりだった。超サイヤ人の力を解放していたブロリーの肘が、運悪くパラガスの左目を奪う形になったのだ。  その時はパラガスの邪魔がなくなり清々とした気分だったが、破壊衝動が収まり我に返った後、左目が潰れたパラガスの顔を見てブロリーは愕然としたのだ。  そんなつもりはなかった、しかし、やってしまったのは事実だ。  ガルハッタが死んだ時のことを思い出し、ぞっとした。  もしパラガスが死んでしまっていたら。左目だけでなく、頭部にもダメージが入っていたら。  思考が堂々巡りから抜け出せず動くことができなくなったブロリーに、パラガスはいつものように小言を飛ばした。  ──ブロリー。サイヤ人としての本能に振り回されず、力を制御する術を身に付けるんだ。でなければ、いずれ自らの身を滅ぼすことになるぞ、と。    今回は餓死という言葉でいつも以上に釘を刺され、ブロリーは少し慎重になっていた。 (この星で食料を調達する……ならば人間や動物、果物が生る植物にも手出しできない……。だが、この植物は食えるのか……?)  見るからにうねうねと動いている花々だが、紫の花には甘い匂いを放つ果実が実ってはいる。透明で柔らかそうな実の中心には光輝く種のようなものが見えているが、逆にこちらを捕食しようとしているかのように、ツタでぐいぐいと引っ張られている現状。 (廃墟の様子を見るに人間とは共存できない植物だと思うが…………どうする……)  攻撃するか否か悩んでいる間に天井の穴は全てツタで覆われ、ブロリーを囲う巨大な蔓籠が出来上がってしまった。  包囲されて終わりかと思いきや、蔓籠全体が急速に縮小し始めた。まるでブロリーを押し潰すことが目的かのように、どんどんと狭まり空間がなくなっていく。 「チィ」  ブロリーはそのままにしていた左手の小さな気弾を、迫ってくる壁に投げつけた。  ドォオン! 目と鼻の先で爆発し爆風と煙に煽られる。焦げた草木の匂いを感じながら顔を庇っていた腕を外すと、蔓籠の一部に焼けた跡が出来ているのを発見した。  正確には、蔓を焼いて穴を開けることは成功していたが、外へ繋がってはいなかった。蔓籠の更に外側に新たな蔓状の壁が増えており、包囲が厚くなっていたため貫通することは出来なかったのだ。 「なんだと……?!」  蔓の勢いは弱まることなく、ブロリーが囚われた内部空間を浸食した。外側からも新しい蔓が巻き付き、壁が二重三重四重と重なり、まるで球体のように分厚くも頑丈に包まれていった。  地上から見れば、それはまるで巨大な繭。球体からは地面へと伸びる蔓がぴんと立ち、ブロリーの姿は植物に隠され完全に見えなくなった。

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2024.12.11