鍛冶場の炉がごうごうと燃える。炎の中から取り出された灼熱の鋼を槌で叩く甲高い音が、何度も何度も繰り返し響く。引き伸ばされた鋼は二つに折り重ねられて、再び熱せられたあと長く引き伸ばされた。
燃え盛っている炭の中から取り出された黒く細い塊は、真っ赤な灼熱を抱えたまま冷却水に沈められて、じゅわっと湯気を立ち上ぼらせる。
そんな工程を延々と眺めるのは、これで数度目。夢うつつの中でぼんやりとそんな光景を眺めて、寝落ちるように視界が閉じる。そしてまた、同じような風景がぼんやりと視界に映し出される。
なんだか寝起きのような状態で、二度寝の魔力に逆らえずに意識を飛ばす、ということを繰り返していた。
しかし、今回は眺め始めて一時間近く経っている。最初の頃は数分ももたなかったから、覚醒時間の最高記録を更新中だ。
視界もピントが定まったようにはっきりとしていて、少し遠かった音も鋭く、重さを感じる。
徐々に感覚が鋭敏になり始めてようやく気付いた。目の前で人間の男が二人、刀を打っていた。
鍛冶炉の炎で上昇している室内温度をものともせず、額に汗を浮かべながら一心不乱に槌を奮っている。大きな槌を振り上げて打つ男と、それよりも小さな槌で大槌を補助するように鋼を叩く男。
その男だけでなく、他にも数人の男が小さな短剣を鍛えていたり、小槌で小さな金具を作っていたり、布をなめしていたり、細長い木を削っていたりなどの作業に勤しんでいた。
石造りの炉が一つ、様々な道具が壁に掛けられており、隅の木箱には石のような塊や乾いた藁などが一纏めにされている。五、六人の男が同じ空間で作業しているので狭く感じるが、広さとしてはこじんまりとした一軒家の敷地と同等くらいだろう。
そうやって周囲のことを把握しようとしていて、ふと思い出した。
あれ、自分は死んだんじゃなかったか……?
ふと浮かんだ最期の記憶が正しければ、何の不安も痛みも抱かずに、ぽっくりと老衰したはずだ。
自分が【個人】であり【故人】であったことを思い出して、今現在の状況に対しての疑惑が急激に沸き上がった。
どうして自分はここにいる?
ここはどこだ?
なんで鍛冶仕事なんて見せられている?
そもそも、どうして自分を中心とした前後左右の360度を同時に把握することが出来ているんだ?
こんなにも人がいるのに、自分という存在に対して誰も疑問に思っていないのだろうか?
問題を見つけると、解決のために行動を起こしたくなるのが生前の性癖だった。
動こうと、声を掛けようとしてみた。
けれど、予想したことは何も出来なかった。
動けない。声が出ない。
更に追い討ちをかけるように、自分がいるはずの場所を一人の男が通り過ぎた。まるで幽霊のように。
はっとした。
自分は、幽霊になってしまったのか。
そう思い至ってしまうと、途端に気が萎えた。
死んでしまうと、こんなにも自由が減ってしまうんだな、と。いわゆる地縛霊とやらか。
動けないことには何もできない。
打開策が何も思い浮かばないので、考えることを放棄してぼんやりと周りの人間達を観察することにした。
二人がかりで鍛えていたものは次の工程に移行したのか、次々にその形を変えていく。
目の前の黒い鉄が細長く伸びて、ゆるやかな反りが作られるのを見てようやく、それが刀なのだと気付いた。
それからは周囲の雑音も無視して、一瞬の瞬きすら惜しんで、鍛刀の様子をじっと観察した。幽霊に瞬きは必要なかったようだが。
刀は好きだった。
思い返せば、子供の頃に祖父母の家で見た真剣がきっかけだったように思う。刀の手入れをする祖父の手元を食い入るように見つめていたが、ものの数分で終わってしまうことにがっかりしていた。
それ以降、刀目当てに祖父母の家へ通い続け、漫画でもゲームでも、武器を選ぶ時は必ず刀を選んだ。それに釣られて、年を重ねるごとに和服や時代劇ものにこだわるようになった。
ゲームと言えば。
成人したばかりの頃に、刀のゲームにハマっていたことがあった。たしか、刀の付喪神を集めて敵と戦わせる、みたいな内容だったはず。あれがきっかけで刀の来歴やかつての所有者を調べることに没頭した時期があって、おかげで更に刀のことが好きになったんだったか。
どうやら、再び寝入ってしまったようだった。
急に、色々なことを思い出したからだろうか。
再度覚醒した視界には、半分以上が真っ黒の刀を削っている男がいた。
知っている。これは、鍛刀最終工程の前段階、焼き入れた刀の外側の焦げを削り取っているんだ。これが終わったら刀全体を荒く研いで、最終的な形を決定する。そうすれば刀鍛冶の仕事は終わり。
最後には刃物研ぎ専門の人に渡して、【頑丈でよく斬れる刀】を【頑丈でよく斬れる美しい刀】に仕上げてもらうのだ。
刀匠による荒研ぎをわくわくとした面持ちで見守っていたら、それが終了した途端にふっと意識が落ちた。
ぼんやりとした視界がはっきりとし始める。
真っ先に目に入った場所には、美しく研磨された刀が一振り鎮座していた。
長さ的には太刀だろうか。ほっそりとした形状の、全体的に白く凡庸な印象を受ける刃文。力任せに振ろうとしたら折れてしまいそうだが、それに反してギラギラと輝いて見える。まるで獰猛な獣が牙を剥いているように。
刀として完成したものに、刀匠の名を刻む。
それは絶対ではないし、刻む刻まないは刀匠の自由だ。
けれども、ここまで見守ったからか、どうしてもこの、傷ひとつない産まれたばかりの刀に銘を刻んでほしかった。
産みの親の名前を、与えて欲しかった。
出来上がった刀をしみじみと見つめていた刀匠は、研師から手渡されたその刀を作業用の土台に移動させて固定した。地面に転がっていた木槌とのみを手に取り、切っ先を刀の茎に当てる。
【兼次】
その銘を刻まれた太刀は2205年現在一振りも見つかっておらず、兼次の名前は古い資料に五条派として記述されているのみである。
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